ペカンの物語


   木の葉の落ちる頃、その枯葉と同じような実が熟して、ポツポツ落ちてくる。
 今年はペカンが予想以上に収穫できた。天候によっても違うのだろう。受粉の時期はたぶん雨の多いときだったと思うのだが、障害は無かったようだ。
 ペカンについては、こうして安定的に収穫できるまで、ずいぶん年数を経た。「恩給の木」といわれるように、若いときに植えたら恩給を貰う頃になって実を付ける。
 岡山県北部で立体農業を提唱されていた故・久宗先生は、各地で「庭のねじれ松を切ってペカンを植えよ」と、講演などで訴えられた。
 多分たくさんの人が植えたと思うのだが、息の長い作物であるペカンは、いったいどのくらい実を付けているのだろうか。農作物には系譜のようなものがあって、北欧系の、したがってプロテスタントのキリスト教の宣教師から賀川豊彦などの社会運動家につながり、各地の牧師などから愛農会などの会員に伝わっていったと思う。
 もちろん明治初期の試験場でも栽培されたようだが、けっこう育たなかった記録がある。多くはカミキリムシにやられたようだ。
 生育環境が、北欧以上に日本は暖かく、したがってか害虫に狙われやすかったのだろう。
 クリなどの産地よりペカンは、北のクルミなどの生育環境が適しているのだろう。しかし私はもう40年近く前に宮崎県西都市の牧師さんから10粒の種を貰って植えた。そのうち8本がカミキリムシで枯れた。中には相当太くなってから枯れたものもあり、その後で何年もヒラタケを収穫できたことがある。
 二本残ったのだが,畑の一本は虫に食入られて地際が浮いた状態で、虫の息で命脈を保っている。この庭の木も反対側は虫の食いあとから枯死が広がり、しかも台風で倒れ、屋根を覆う巨大な枝をほとんど切り詰めて引き起こした。
 この枝もシイタケの穂木にするには太すぎる重さがあった。南側の一本が元で、毎年数本あちこちに生えてくる。何しろ枯葉と同じ色をした実を拾いつくすのは難しいから,庭をだんだん占領してきた。居間の南側を夏はペカンの葉が覆い尽くすようになった。
 久宗先生の提唱どおり、ねじれ松は無い。ペカンは冬は完全に葉を落として、太陽の光を居間いっぱいに受け入れてくれる。居間は母が車椅子の生活になったとき庭に広げたので、右の写真のようにペカンが近づいてきた。冬は陽射しで暖かく、夏は日陰で涼しく、母は車椅子で一人庭の移り変わりを楽しんでいた。
 さて日本での伝播が種によってなされたせいか、どうも実が小さいような気がしていた。枯れた木のほうが大きな実を付けていたからだ。その小さい実の子供はまた小さくなるのではないかと思っていたが、今年比べてみると少し大き目の実をつけている。
 実の内容はちさい方がぴっちり詰まっているようにも思うが、いろいろあってあまり当てにならない。それより実をつけた数が多いほど、実がちさいようにも思うし、さらに未熟なものも多い。
 下の写真のように、左のほうが粒が大きい。昨年天地農場で専門家から説明を聞いたときもらった実も、大小さまざまだった。この実はクルミより油っぽさが無く、殻も柔らかで、味も甘味があってクルミより美味しい。生でも食べるが、お菓子や和え物などいろいろな食べ方がある。
 


 写真の写し方が悪いのでそんなに太くは見えないが、ガーデンテーブルと比べると、根元はけっこうな太さだ。


 右はたくさんなりすぎたのか実が小さい。左の木は大きいので、木の性質にもよるのだろう。
 この間ある人から聞いたのだが、もう40年以上たっているのに実が付かないということだ。何しろ実をつけるまでに年数がかかると聞かされているので、待っているのだそうだが、チョッとおかしい。このような伝播方法だと、時々変異したものがあって、実をつけないのだろう。
 一方、私の庭では今年はあまりにも小さな木まで実をつけたので驚いている。腕くらいな太さなのに、立派に実が付いた。芽生えて6-7年ではなかろうか。
 下の木も細いが、もっと細い木にも実が付いた。

 たくさんなって実が小さい上に、右のように皮が弾けてこないものも多い。無理に剥いてみると殻が白く、中の実も熟していない。
 この段階で捨ててしまわないと、時間がたって皮の色だけ同じようになっても、実が入っていないことがある。
 ペカンの実の収穫は、けっこう大変だ。何しろゆすって実を落とそうとすると、実は枝先についているので遠くまで飛んでしまう。ひどく飛んだ実は近所の屋根に当たって音を立てる。
 手で収穫できるほど幹に近いのは良いが、実のついた枝先は体を支えるほどの太さの無いものが多い。
 葉が繁っているときは実が目立たないし、まだ熟していないものが多い。秋の紅葉の頃、落ち始めるとすばやく葉は散ってしまって,澄んだ空に3-4個の鞘の塊りが口を開いて、実をのぞかせる。
 細く伸びた枝は切り詰め、空に向かって伸びるものは付け根から切り落として実を収穫するようにしている。しかしひと夏で二メートル以上枝を伸ばす旺盛な生命力がある。
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