植物は旧暦が合う
 今年は、カレンダーに印を入れておいて、旧暦の5月5日に菖蒲湯をしてみた。新暦だと6月22日になる。
 子供の頃道端の溝にたくさん生えていたいた菖蒲だが、今はコンクリートになって、めったに見られない。
 ところが自耕園の昔水路だった場所に、ささやかに生き残っている。子供の頃風呂は、何日も入られなかったし、風呂をたくために下の川からバケツで水を運び上げた。
 今でも村の仲間に会ったら、手伝ってくれたのを覚えているという。洗い場はたらいで形だけで、風呂の中で体を洗うから白く湯はにごる。さらに近所を貰い風呂に誘うし、家族は2-3日沸かして入る。
 そのにごって匂う風呂の湯でも、種籾を浸けて芽出しをしたり、温床に撒いた。
 
 今から見れば不衛生だが、当時は貴重な休息であった。そんな風呂でも入らない子は、首の周りに黒く垢がたまっていた。
 当時は行事は旧暦か月遅れなので、その頃を思い出して、菖蒲を抜いて来た。今の5月5日では小さすぎるが、ちょうど刀のようにしっかり育って、根元のほの赤い部分が、かすかに匂う。入浴剤などめったに使わない時代だから、この香りが新鮮だった。
 ただし風呂に入ってみて、当時のような感激は無かった。シャワーをふんだんに使う、当時から見れば贅沢なふろだ。
 今の新暦は確かに合理的だ。旧暦では今年は閏月が2月なので、13ヶ月ある。給料を支払うほうがたまらないので、明治に太陽暦に変えた。
 太陰暦で月の運行のみにあわせるイスラム暦は、30数年で一年違ってくるので、年齢も1歳違うことになる。
 私はそれほど新暦がだめとは言わないが、作物の生育に従う農耕時代の行事は、旧暦のほうがあっている。
 桃の節句は、4月21日だし、七夕は8月22日だ。自然な桃の木もこの頃は満開になる。今の7月では、短冊をぶら下げる竹の葉が、すぐ丸まってしまう。短冊の墨をするサトイモの葉にたまった朝露も、まだ葉が小さいので少ない。今年の盆は8月30日だが、月光のみで踊った昔を思い出してみよう。
 4月8日の花祭りは今年は5月22日だが、左のようにお茶にして掛けるアマチャもこの頃にならないと伸びてこない。
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