上野市・上野観光協会
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〒518-8501 上野市丸之内116 上野市役所観光課内

芭蕉翁
 芭蕉翁は、正保元年(1644)伊賀上野赤坂町で誕生したというのは、当時、芭蕉翁の身辺をよく知る人々の共通した意見であり、服部土芳、川口維言も(蕉翁全伝)を編集しそのことを伝えている。
 また、芭蕉が自らしたためた書状などにも上野赤阪町を「ふるさと」とよんでいるのがその証明である。
 ところが、芭蕉の没後80年後に蓑笠庵梨一が、伊賀の探訪に来遊したとき、柘植村の庄屋役をつとめる富田杜音が柘植に松尾と名乗る家が多いことから、それらの松尾氏が芭蕉の先祖につながると説きかけてから柘植誕生地説というのができ、芭蕉翁の生誕地は、上野赤阪説、柘植説の2説となった。
 しかし、芭蕉は、生前一度も柘植を訪れたという記録も書状なども残されていないし、自らが伊賀上野をふるさととよんでいたことからも上野説が正しい。
俳聖殿
俳聖殿
「文化薫る歴史の街」をシンボルとしている上野市は、文化遺産が多く人間ドラマを秘めて息づいています。



芭蕉翁生家
芭蕉翁生家
●芭蕉の旅姿をかたどった八角堂
木造桧皮葺。初層が八角、二層が丸型の優美な建物で伊賀焼きの芭蕉座像を安置しています。上野公園の緑の中に調和し、芭蕉祭献詠句が正面に掲げられ翁の遺徳を偲んでいます。
●芭蕉の息づかいをそのままに
幼少のころより俳諧を学んだ芭蕉は江戸に出た後、焦風俳諧の祖と仰がれるなど、俳壇のホ−プとして注目されました。生家の奥には、処女作『貝おほい』を執筆した「釣月軒」も残されています。
●まつり
上野天神祭
鬼行列 ●とき
●ところ
●みもの
●みごろ
10月23日〜25日
主に三筋町
鬼行列とだんじり(楼車)
24日午後と25日
伊賀上野NINJAフェスタ
忍者フェスタ ●とき
●ところ
●みごろ
4月第1日曜日
上野文化会館上野公園ほか
10時〜16時
芭蕉祭
芭蕉祭 ●とき
●ところ
●みもの
●みごろ
10月12日
上野公園俳聖殿ほか
セレモニ−
午前
お城まつり「薪能」
薪能 ●とき
●ところ
●みもの
●みごろ
仲秋
上野公園上野城
薪能
●忍者
くノ一
女の隠語である。
女と言う字は、くとノと一に分解される。従がって、忍者使いは、女のことをくノ一と呼んだ。が、くノ一には、普通に女を指す場合と、もう1つ敵味方の女忍者を指す場合がある。その場合も、くノ一と呼ぶ。女性が黒装束をつけて、下忍として働くと言うようなことは、実際にはなかったので、実態は間者として御殿奉公にあがって奥女中をしているとか、料理屋に勤めて敵の情報をとるとか、女でなければ勤まらない役割を果たす。
 そういう女間者のことを、くノ一と言うのである。

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