1999/11/15

東海村の臨界事故2

遮蔽のないミニ原子炉が、いきなり街なかに出現した!

びわ湖通信1999年12月号 :東海村事故による被曝を評価する
早期影響(確定的影響)が出てしまった
自然放射線とそれからの被曝
他の従業員、周辺住民への影響は確率的影響
集団への影響はどうなのか

終わりの注

────────────────────────────
  林  智(はやし さとり)(びわ湖の会顧問)
──────────────────────────── 
このコーナーのメインへもどる



びわ湖通信1999年12月号
東海村事故による被曝を評価する

林  智(びわ湖の会顧問)

 前号では、臨界、放射線と放射能、放射線の人間への影響について、 基礎的なお話をしました。今号では事故そのものを取り上げることにします。 でも実際の経過や社会的背景については、すでに情報があふれていますから、 くり返しません。 ここでは前号の知識を前提に、人々の受けた被曝の怖さを評価してみることに しましょう。
このページのトップへもどる
早期影響(確定的影響)が出てしまった 
 事故から1ヶ月半、科学技術庁の集めた情報が包括的に報道されるようになって、 事故の輪郭が分かりはじめました。 臨界の結果核分裂を起こした「軽いウラン」の量は約1mg、 原子(核)の数にして2.5×1018個ほどだといいます。  そして事故を起こした3人の当事者の被曝は、それぞれ18Sv、10Sv、2.5Sv (Svはシーベルトと読み、放射線影響を評価するための線量の単位です)と推定される ようです。 3人の症状は、報道されているように、まさに生死の境をさまよう状況だというべき でしょう。 放射線影響学の分野では、ヒロシマ・ナガサキのデータを基礎にして、 長い間急性放射線症の全数致死線量は7Svくらい、半数致死線量が4Svくらいといわれて きました。 もし医療のレベルが半世紀前の状態なら、高線量被曝のお二人は、 すでにこの世におられなかったことはまちがいありません。 こんなありさまは、日本ではヒロシマ・ナガサキ以来のことです。 「交通事故では年間1万人前後の死者が出るのに、原子力産業では、 一人の事故死者もない」というのが、原子力安全論の論拠の一つでした。 だが今度の事故は、いい加減なやり方をすれば、いとも簡単に死者もでうるということを 示しています。  前号では書き忘れましたが(第3頁目)、 もうひとつ急性放射線症の代表的な症状に放射線火傷があります。 熱線による外部からの皮膚損傷とちがって、中性子線によるそれは、 再生して内部から出てくる新しい組織がすでにダメージを受けていて、 いまその治療は困難を極めているようです。 たとえ生命をとりとめても、(まず生命に心配はない2.5Sv被曝の人を含めて)、 3人が長くこれら急性症状の後遺症に苦しめられることは避けられないのでは ないでしょうか。 そしてさらに確率的影響(「宝くじ型影響」)の問題があります。 被曝線量はすなわち「買った宝くじの枚数」にほかなりませんから、 この3人は、他の人とはけた違いの、おびただしい数の「放射線くじ」を 買い込んでしまったことになります。 そのことによる精神的な重圧もたいへんなものでしょう。
このページのトップへもどる
自然放射線とそれからの被曝
ここで地球上の誰でもが自覚しないまま受けている自然放射線のことを 知っておいていただきましょう。 「宝くじ型影響」の怖さをどのくらいのものと感じるべきなのかを判断するとき、 それが物差しになるからです。  自然放射線の第1の線源は宇宙線です。 第2は、岩石や土壌中、さらには土壌から出て空気中に含まれる放射能が出す 大地放射線です。 第3はそんな放射能が、食物を経て口から、あるいは呼吸によって 肺から取り込まれて起こる内部被曝(重要なのは、生命にとって欠かせない 元素カリウム中の放射能と、ラジウム温泉で有名な希ガス・ラドン)です。 おおよその推算では、それらの線量の合計はほぼ年間1mSvの程度、 3種の線源からの被曝の割合はほぼ1:1:1であると考えてよろしいでしょう。 ちょっと余談になりますが、関西に多い花崗岩質の土壌は、 関東の赤土の土壌と比べてウラン含有量が大きく大地放射線のレベルが高いので、 関西人は関東人よりも平均して2割程度は自然放射線被曝量が大きいというのは 有名な話です。  読者のなかには、あるいは私たちの生活環境が、 このように放射線や放射能に満たされているという話に奇異の感を抱かれる方が あるかもしれません。 しかしながら、およそ生命というものが、このような放射線の場のなかで 35億年の歴史をたどってきたことは、いまや否定のしようもない事実です。 いいかえれば自然放射線は、生命が誕生し進化した、重要な条件の一つなのです。  そしてつぎのことも知っておいてください。いまもし自然放射線がなくなったら どうなるか。ヒトによる実験は困難ですが、もっと下等な動物による実験では、 常識的な予想に反して寿命が短くなる。 自然放射線の10倍までくらいの線量増加では、ふつうの条件下よりも逆に 寿命が長くなることが知られています。
このページのトップへもどる
他の従業員、周辺住民への影響は確率的影響
話を今回の事故に戻しましょう。 11月10日のテレビ番組で、JCOに隣接する建設現場の事務所にいた人が、 「知らない間に被曝してしまった。妻は寝込んでしまっている」と語っているのを 見ました。 たしかに周辺の人々が、不気味な気持ちに襲われることは致し方のないことかも しれません。 しかし報道されている被曝線量の推定値が、大局においてまちがいないなら、 周辺住民への影響はまず早期影響とは無縁です。 もっぱら「宝くじ型影響」だけが問題になるでしょう。  明らかになってきたデータ(いずれも臨界超過がつづいた20時間、 そこに居つづけたと仮定した積算線量)によると、1mSv(年間自然線量レベル)の 被曝が臨界サイトから400mあまりのところ、倍の2mSv被曝が約350m (これ以内の住民約150人が避難した)のところ、 10mSv被曝は200mあまりのところとなるようです。 またJCOの敷地境界(約80m)では160mSv、早期影響としての白血球(リンパ球)減少が ふつうの検査方法によって検出される限界値は250mSvとされているのですが、 このレベルは問題の沈殿槽から20〜30mのあたりでしょう。 また避難した350m以内の住民120人あまりについて、発ガンの原因となる 遺伝子損傷率をしらべたところ、異常はなかったという調査結果も報道されています。  以上のデータを勘案すれば、今後早期影響(確定的影響)を想定して 管理が必要なのは、当時敷地内に居た人々と事故の収拾作業に従事した人々のうち、 多くても数十人について、それも血球数の減少を追跡することにかぎられるでしょう。  周辺住民の方々が、原爆の惨禍や重症の3人の様態から想像して、 いずれ自分もあんな具合にと精神的に思い込むと、 むしろそのことによる影響の方を心配せざるをえなくなります。 ガンや遺伝的影響の当たる宝くじは、「放射線くじ」以外にもいろいろありますから、 今後それらを買い込まないように気をつけるのが、 長い将来のためにはよいかもしれません。 具体的にはその人が喫煙者ならタバコをやめるとか、 食事から農薬のたぐいを取り込まないように食材を吟味するとか、 またX線写真を撮られるときには、医者に事情を話して、本当にその撮影が必要なのか どうかを尋ねる勇気をもつことなどです。
このページのトップへもどる
集団への影響はどうなのか
以上には被曝者個人に対する怖さについて考察を加えてきました。 それでは今回の事故は、集団(日本人、日本社会)に対してはどのくらいの怖さだと 考えればよいのでしょうか。 説明不十分のまま結論を書くのはいささか無責任ではありますが、 もう紙数が完全に尽きてしまいました。どうかお許しください。 一言で言えば、集団への影響はゼロに近いと断言してよいでしょう。 個人の受けた線量は集団を評価する場合には、その集団のなかで平均されます。 遺伝については婚姻が行われる範囲、ガンについては医療保障の負担のおよぶ範囲、 つまり日本国民の全体にいて平均した値で評価することになるからです。 そして集団への影響がゼロに近いということは、放射能の怖さについて言うかぎり、 この事故は、原子力開発そのものを否定する根拠にはなりえないということです。 もともと今回の事故を「チェルノブイリ」と比較することなどは、 その規模の違いから言ってまちがっているというべきでしょう。

このページのトップへもどる
[終わりの注]
今回の事故を踏まえて、日本の原子力開発政策は正しいのか、 日本のエネルギー政策はどうあるべきなのかを考えてみることは重要だと思います。 でも結局そこまで踏み込む前に紙数がなくなってしまいました。 できれば私がほかの3人の共著者といっしょに、一昨年に書いた 「地球温暖化を防止するエネルギー戦略」(実教出版社)を参照してください。 また新聞報道のなかには、血液中のナトリウムの放射能を測った話や、 研究者が線量評価のために金を探している話、 臨界を起こした沈殿槽から放射能は漏れたのかという話、 中性子が2kmさきの原子力研究所まで飛んできたという話や屋内退避30万人(10km圏) の妥当性の話、さらにはまた事故と直接の関係はありませんが、 「宝くじ型影響」や集団への被曝のことを考えると、 本当はもっと怖がらなければならない「医療被曝」の話など、 はじめは触れたいと思っていた興味のあるトピックスも、結局何にも書けませんでした。 でも今回事故について、差し迫って重要だと考えられる人々の被曝の意味に ついてだけは何とか書きました。 ほかはまた機会があれば稿を改めることにします。 2000・1・5の[注] 大内さん死亡時(99年12月21日)に 報道された科学技術庁の推算被曝線量値の最大は、 従業員で64mSv、周辺住民で15mSvという。個人についての値は、 当然ながら、上記の場所についての値より低めである。 本稿の評価に修正を加える必要はないと思う。
前のページを読む 「林先生の教室」メインへもどる 次のページを読む