<はじめに>
三重県名張市内の主だったハッチョウトンボの生息地は、市内の端々に点在する湧き水のある、極浅い水深の小規模な休耕田です。

しかし、山あいにある小規模休耕田は、所有権が複雑に入り組むこともあり、保存への働きかけが簡単には進まないという難点を抱えています。

ここ2〜3年の間に最大規模の生息地を立て続けに2箇所絶滅させてしまうなど、「ハッチョウトンボを守る会」の活動も挫折の一途をたどってきました。

あるときは、ヤゴを代替地に移す計画を立てながら、移転先の整備が進まなかったり、開発のための重機が入る直前になっても生息地の持ち主の在住地さえ把握できないという手際の悪さがあったりもしました。その結果、一昨年には、主だった貴重な生息地を2箇所立て続けに失なうことになってしましました。

その後、20002年7月。ふとした事から自宅に程近いささやかな休耕田にハッチョウトンボ♂1匹を確認しました。♀を未確認、不安を抱いたまま2003年、今年の5月。幸運にも♀を含め総個体数6匹の生息をを確認することができました。

すぐ横の山林が、整備されるに伴いこの湿地の存続も危ぶまれてきましたので、生息地リポートとして、、密やかに・凛と生きる命の美しさの一端でもご紹介いできればと思うのですが・・・。


トンボ科ハッチョウトンボ属  Nannophiya pygmaea
ハッチョウトンボ属は、世界に4種一亜種が知られ、日本には最北進種が生息しています。 腹長17〜19mmと、一般のトンボと比べると極端に小さいのが特徴です。学名にも「小さく生まれたもの」という意味のNannophiya と「小人族の」というpygmaeaが重ねて付けられています。

低地〜山地の日当たりのよい、草丈の低い植物の生える湿地や、休耕田に生息し、近畿地方では、5〜10月の生息の記録があります。

他種に良く見られるように、♂と♀では、色が違います。♂は、全身が、鮮やかな濃い赤色をしています。メスは地味な茶褐色で、目立ちません。

和名は、「八丁トンボ」で、「最初尾張國矢田川原の八丁畷で得られたのに因る」といわれています。

 

<イトトンボとの比較>
左の円内がハッチョウトンボ(体長18mm)
右下の楕円内が
モートンイトトンボ(体長25mm)
湿地に発生するイトトンボです。雄の体長が15mmほど、とされるハッチョウトンボの大きさが推察されます。

イトトンボの、ほぼ半分の大きさですが、れっきとした「トンボ科」で、体型もイトトンボとは違っています。
右の円内がハッチョウトンボ
左楕円内は、クロイトトンボ(体長29mm)
川などではなく、平地の止水に発生するイトトンボです。ハッチョウトンボが、ずいぶん大きく写っていますが、これは、かなり手前に止まって、レンズに近いためです。それでもイトトンボよりは、小さいことが確認できます。



<色の違い>
♂ 完成色

羽化後15日〜20日間で、美しい鮮紅色となります。
この状態を完成色と呼び、この色が、ハッチョウトンボをイメージする色としてよく知られた色です。

翅の基部(付け根)付近も色がついています。

大きな複眼も体と同じように赤い色をしています。
若い♂   黄褐色からだんだん鮮紅色へと変化

羽化中の体色は灰白色で、羽化後は黄褐色に、やがて日がたつに連れて赤みを増すように変化していくということが確認されています。

完成色になるまでの若い♂。左:羽化後1週間くらい。右:2週間足らずくらいと考えられます。

翅の基部に色が付いていることから、2匹とも羽化後1週間は過ぎていると考えられます。
♀ 縞模様

湿地内の草の葉に止まったところ。
♀は、美しい黒・黄・茶のストライプの模様になります。これが湿地内の植物の中に溶け込む保護色になり、立ったままの目の高さからでは、肉眼で見つけにくくなります。

又たとえ目に付いても、アブや、ミツバチに良く似ていて見まちがうことが多く、ハッチョウトンボの♀という認識は、なかなかしづらいものです。



 <暮らし>
♂と♀が近くに止まっているのを見かける機会に恵まれることは、ほとんどありませんでした。
隣り合っている山林との境界線に止まっていま
す。高さは、2M。

ふだんは、舞い上がることはほとんどなくこの時が最高記録でした。
開水面のある、1つ上
の棚田へ来ている♀
です。
とまっているのは、地
上から40cmほどの高
さ。背の高いイグサが
見えています。
特に開水面の多いところに止まっている♂です。

羽がしめっているためでしょうか。しばらくじっとこのままの姿勢です。
1993年 6月名張市内にて採集の羽化殻

複眼の抜けかげんなどもはっきり確認できます。(右前足損傷)
ヤゴの体長は、ほぼ10mmと思われ
ます。

 

  <生息地の環境> 2003年現在
《生息地全景》 《生息地の植物》
6月
棚田が、3枚続いているところです。
すぐ近くに明るい山林が迫っています。わずかな湧き水があります。上の棚田では、常時10cmくらいの水深が、認められます。普通のトンボも飛び交い、がまの穂も生えていて、ここ(右写真)から1枚下の棚田に生息しています。
6月
タツナミソウ(シソ科)
薄い青紫の花。湿地の土手に群生しています。
花が、並んで立ち上がって咲く様子から「立浪草」の漢字があてられます。
9月
ヒメクグ
(カヤツリグサ科)
高さ、10cmほど。
地味な草の多い湿地で、かわいい丸い花序をつけて目に付きます。
9月
シロイヌノヒゲ
(ホシクサ科)
イヌノヒゲの種類は、生息地でよく確認される植物です。がくが、冠のように開いてその中に花が咲きます。



   資料提供・参考資料一覧

資料及び参考文献の紹介については、「四万十トンボ自然館」・上田 義清
                         「京都精華女子高等学校」・可児 嘉三 両氏のお世話になりました。


書籍名 著者名 出版社名 
 日本産トンボ図鑑T図版編・U解説編 浜田康・井上清 講談社
 日本産トンボ幼虫・成虫検索図説 石 昇三・石田勝義・小島圭三・杉村光俊 東海大学出版会
 ハッチョウトンボに関する研究   「京都宝池
   付近に生息する本種の生態」
伊佐裕一・六浦修 京都精華女子高校
 京都洛北の一小湿地の変遷とその将来 六浦修・可児嘉三 京都精華学園
研究紀要
 京都洛北の一湿地の貴重な生物の生態と
   その保存の訴え
六浦修


        

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