林   智
劣化ウラン弾をめぐる随想
核兵器か、化学兵器か?

劣化ウラン弾告発の大きな記事
 昨年(2003年)12月6日付の朝日新聞、ニュース・ダブルクリックという紙面に、「劣化ウラン弾の危険性」「影響調査 国際的協力を」「元米軍医が日本で訴え」「住民に症状、川から高濃度検出」という見出しで、米軍による劣化ウラン弾の使用を告発する記事が載っています。軍と意見が合わなくてやめたというアメリカの元軍医、アサフ・ドラコビッチ氏の講演会が東京、広島、大阪で行われたという報道記事です。この元軍医さん、核医学が専門だとあります。
 これは講演を聴いた社会部記者が書いた文章なので、この記事をもってドラコビッチさんの講演内容を評価するわけにはいきませんが、その記述にはいくつかの誤りが見いだされますし、おそらく世論、一般の人々の放射線・放射能に対する危険感覚を代弁していると思われる記者の執筆態度には問題があろうかと思います。劣化ウラン弾の告発に、いろんな影響を起こしている「犯人」として、放射線や放射能が擬せられているのは明らかに誤りだといわなければなりません。「最大で100倍の放射線」という小見出しつきで、イラクで調査をしたという慶応大助教授の談話まで掲載されています。

ウェブにもたくさんのおかしな記事
 劣化ウラン弾に関しては、ウェブにもたくさんの記事が溢れています。私の見たかぎりその中には、放射能の専門家によって書かれた信用できると思われるものは見あたりませんでした。多くは現地からの情報を基礎に学習した「善意の素人」がつくった熱いサイトであるように思われます。あきれたのは、「ウランには『放射能のないウラン』と、原爆や原子炉で用いられる『放射能があるウラン』の2種類がある」などといういかがわしい知識が、まことしやかに、案外に広く流布されているらしいことでした。放射能のないウランなどは存在しません。ウラン(という元素)の同位体は、放射能に強さの差こそあれすべてが放射性物質(放射能)です。
 一方で、日本の文部科学省の部局や、在日アメリカ大使館による記事もいくつかありますが、こちらは客観的な記述を装ってはいるものの、安全だ、人体影響は見られないという結論だけがいやに明快で、なぜそうなのかを明らかにする科学的な説得力には欠けるように思いました。

本当のところはどうなのか
 結論から書きましょう。まず劣化ウラン弾が、使用された地域に陰湿な被害を及ぼしており、それが非人道的な、けしからぬ兵器であることは疑いないことだと私は思います。これだけ多くの被害報道がある以上、使う側が言うように、それらをすべて誤情報だとするには無理があります。
 だがそのような被害の発生する原因が、ウランのもつ放射能のせいだと考える、「市民的実感」(社会部記者の思い込みを含めて)ははっきりと誤りです。被害の原因は、ばっさりと言えばウランという元素が(化学的)毒物だからです。その意味では、劣化ウラン弾被害は、枯れ葉剤・ダイオキシンの被害と異なるところはありません。放射能をもつ元素たちのなかで、「放射毒性」よりも「化学毒性」が上回るのは、唯一ウランだけであることは、すでに何十年も前から放射化学者、放射線影響学者にとっては、常識の一つなのです。ここに放射毒性とは、その物質が出す放射線によって起こっている「人体に対する好ましからざる性質」のことです。この毒性は同位体ごとに異なります。一方化学毒性は、その元素がもつ化学物質としての毒性です。ウランという元素のいろんな同位体は、どれも化学毒性については異なるところはありません。

放射線と放射能
 もう少し詳しく事情を説明しておきましょう。まず理解の混乱を避けるために、放射線と放射能はちがうということは理解しておいてください。放射毒性について、直接人体に影響するのは放射線の方です。その種類には、ガンマ線、X線、ベータ線、アルファ線などがあります。放射能は、放射性物質が放射線を出す性質、あるいは能力のことですが、しばしば(専門家の間でさえ)放射性物質の代名詞としても使われます。すなわちその場合は、放射性物質=放射能、そして放射能がこわいのは、それが放射線を出すからです。

ウラン濃縮
 同位体(アイソトープ)という言葉を説明なしで使ってきましたから、ちょっと説明しておきます。同じ元素でありながら、したがって化学的性質(化学毒性)は同じだが、その原子の重さが異なるものを、たがいに同位体と呼びます。そして重さがちがうと(厳密には原子核の核子の数がちがうと)、それらの放射性物質(放射能)としての性質はちがうのです。出す放射線の種類も、エネルギーも、量もちがいますし、いわゆる寿命も、核分裂物質の場合は分裂の挙動もちがいます。
 ウランの場合、天然に存在する同位体には3種類があります。いわゆる「重いウラン(238U)」と「軽いウラン(235U)」と、「もっと軽いウラン(233U)」の3種です。最後の「もっと軽いウラン」は、含有量がきわめて少ないので、話をややこしくしないために、ここでは省略させていただきましょう。
 さて多くの方がご承知かと思いますが、原爆の核爆薬になり、原子炉の中で「燃える」(専門用語では、核分裂の連鎖反応を起こす)のは「軽いウラン」です。その天然ウラン中の含有量は約0.7%で、残りの99.3%は、普通の意味では核分裂を起こさない「重いウラン」です。そして「軽いウラン」の割合が、天然ウランのこの数字(0.7%)よりも大きいものが「濃縮ウラン」、小さいものが「劣化ウラン」です。天然ウランよりも「軽いウラン」の割合を高める工程が、「ウラン濃縮」です。
 ウランはしかるべく原子炉の設計をすれば、天然ウランそのままでも核燃料になりえますが、いま日本に存在するアメリカ型の軽水炉は、基本的には炉の大きさを小さくする目的で、すべてが、「軽いウラン」の割合を3〜4%にまで高めた「低濃縮ウラン」を使っています。「軽いウラン」の割合が90%以上の「高濃縮ウラン」ともなれば、もちろんこれで炉を設計することもできますし、悪魔の爆弾、原爆を製造することもできるようになります。
 アメリカ型発電用原子炉(軽水炉)で燃やす低濃縮ウランの製造過程では、製品である濃縮ウランができるとともに、「軽いウラン」の割合が0.2〜0.25%の劣化ウランが同時にできてしまいます。1トンの天然ウランからは、ざっと原子炉用の核燃料(低濃縮ウラン)200kgと、廃棄物である劣化ウラン800kgが生成する計算になります。劣化ウラン弾は、こうしてできる大量の劣化ウランを廃物利用したものです。
 ウラン濃縮はウランをフッ素の化合物である気体にしたうえで行われるのですが、この劣化ウランガスを還元して金属にもどすと、比重19の重くて硬い固体ができます。この重いところが、硬い金属の代表であるタングステン(比重はこれも19ちょっと)の安価な代替品として使われたのが劣化ウラン弾です。戦車の装甲をぶち抜くための砲弾だといわれます。

劣化ウランというもの
 さてそれではまず劣化ウランの放射能から考えましょう。放射能の強さは、その物質の寿命(半減期)と関係があります。両者はたがいに反比例しています。つまり寿命の長いものは放射能が小さく、逆に短いものの放射能は大きいのです。「重いウラン」の半減期は、地球の年齢と同じ約45億年、これはとてつもなく長いので、放射能はつよくありません。一方「軽いウラン」の半減期は、約7億年、これまた長いので、同様に放射能が強いとは言えませんが、それでも「重いウラン」と比べると6倍以上の開きはあります。
 そして劣化ウランは、天然ウランからこの「軽いウラン」をいわば抜き去ったものです。当然天然ウランよりも、もっと放射能のレベルは下がっています。天然ウランでさえ、その放射毒性は、化学毒性を下回るといわれてきたのですから、劣化ウランの放射線が、健康への怖さの点からはものの数ではないことはご理解いただけるのではないでしょうか。「自然レベルの100倍」など、何の意味もないことです。人々は医療の現場で、それより何桁も高いレベルの放射線を、平気で浴びています(レントゲン写真の撮影や造影)。
 つぎは化学毒性の方を検討しましょう。その前に、ウランとタングステンの融点と沸点を比べます。ウランの融点は1133℃,沸点は3818℃、一方タングステンは、融点3387℃、沸点5927℃です。物質は融点を超えると完全に液体になり、沸点を超えると完全に気体になります。ここでウランの融点約1100℃を考えてみてください。案外低いと思われないでしょうか。このごろ話題のダイオキシンを発生させないための高温の焼却炉と同じレベルの温度です。まちがいなく戦車の装甲をぶち破るときの摩擦熱で、この温度は突破するでしょう。ウランは液体状になって飛び散り、すぐに冷却して、微細な粉塵になります。呼吸によって人はこれを吸入するでしょうし、爆発点付近の環境は汚染されます。
 そしてもう何度も言ってきたように、ウランは(化学的な)毒物です。タングステンとはちがって、きわめて化学的に活性な元素でもあります。精錬やウラン濃縮のさいに、気体にして扱うのが定石だということ一つとってもそのことは分かります。また報じられているいろいろな健康影響は、かなり被爆後の早い時期に起こっている様子ですが、それがもし放射線の影響だとすると、症状の出現が早すぎるのです。だから現地で起こっている影響としてガンが云々されると、私などは、かえってその情報のうさんくささを感じてしまいます。でも腎臓や肝臓への影響ならば、当然あってしかるべきことだと思います。
 そして劣化ウラン弾は、原料が廃棄物なのだから、当然安価です。対戦車弾製造のコストは、タングステンを使う場合の1/10ですむともいわれています。だが以上の考察から推測できるように、それはただタングステンの安価な代替品としてだけではなく、むしろ人体に影響を与える化学兵器としての役割をさえ期待して設計されたものではないのでしょうか。

いささか蛇足の趣だが
 少し知識のおありの方の反論に備えて、話の本筋からはいささか蛇足かと思いますが、もう一言つけ加えます。ウラン精錬の原料である、大もとのウラン鉱石は、相当に強い放射能をもっているのです。その小片に測定器を近づければたちまち針は振り切れるでしょう。そのことと混同をしないでください。
 ウラン鉱石の放射能の原因は、ラジウムをはじめとする強い放射性物質(厳密にはウランと放射平衡状態にある多くの娘核種)が、必ずいっしょに存在するからです。精錬してウランを取り出せば、放射能は桁ちがいに減ってしまいます。これはキュリー夫人のラジウム発見の逸話にでてくる事実にほかなりません。

むすび〜苦い想い出
 冒頭の朝日の記事を読みながら、思わず思い浮かべた苦々しい記憶があります。チェルノブイリの事故(1986年)のあと、ノンフィクション作家だというHTという人が現れて、嘘八百で塗り固められた何冊ものベスト・セラーを著し、タレントよろしく全国縦断の連続大講演会を打って、日本の世論を非科学的な方向にねじ曲げた事件のことです。文系の平和学者のなかには、このHT氏の肩をもつ人まであって、全く当惑したものでした。「チェルノブイリ」の後、ドイツをはじめとするヨーロッパが、劇的にエネルギー政策を転換したにもかかわらず、いまだに日本が「原発へのしがみつき」を克服できない理由の一つには、放射能や放射線に関する科学的ではない市民感覚が流布してしまったこともあるのではないでしょうか。
 反戦運動をはじめ、まともな世界の構築をめざすすべての運動は、科学的な知識と、科学的な判断を基礎にして行われなければならないとつくづく思います。

(はやし さとり・元大阪大学・専攻;放射化学、放射線管理学、人間環境論)


2003.12.13アップロード
2003.12.14更新

MAIN