8月11日 抜糸



夕方、傷口の上半分を抜糸。
抜糸が再縫合より痛かったのには、閉口した。
傷痕は、フランケンシュタインのモンスターさながらで、そのままホラー映画に出演できそうだった。これでは、まずいと思い、この日からバンダナを着用する。


バンダナをあごの下で結んで、鏡に向かって、にっこり微笑んでいた。30年前、メイドカフェのメイドのような格好をして大学に通い、下宿のおばさんの顰蹙を買ったことがある。


何をしてるんですか!!
そんなに大げさに隠さなくてもいいです!!

突然の大声に驚く。
注射の針だけでなく水まで差すのが、Dr.だ。
それだけ言うと行ってしまった。


好奇心の塊のような私は、面白いことはないか、毎日探していた。
病室には、皮膚科や腎臓内科の患者さんも入院している。同じ病気でないため、却って気が楽で仲良くしてもらった。

他科の先生方も入れ替わりやって来る。ベッドに座ったままでDr.ショッピングを楽しんだ。

宗教法人の病院だったので、講師の方も毎日お話にみえる。私は信者ではないが、いろんな方とお話できるのも楽しみだった。



8月12日 抜糸完了



残りの部分を抜糸するから来てください
Dr.に別室に呼ばれた。

傷口が引きつって痛いから、今日はイヤ!明日にして

明日は日曜だし、月曜では遅いから
聞き入れてもらえなかった。

抜糸アレルギー?が出たのか、昨日より痛くて、糸が切られる度、「アイタ」、「アイタタ」、「アイタタタ」と引っ張られるまま、Dr.のお腹、目掛けて頭を接近させる。

近寄らないでください!!
頭をおしやられた。いつものことながら、荒っぽい。

しかし、私の言ったとおりで、再縫合した部分は傷口がふさがっていなかった。

ここだけは本当だった。。。
右耳の上をガーゼで覆ってくれた。Dr.は相変わらず、せっかちだ。

頭にガーゼをつけているが、入浴許可が下りた。
湯船につかりながら、入院当初を思い出していた。
しみじみとした気分になった。


8月14日 眼科の検査



朝、部長回診があった。
Dr.は、耳の上のガーゼを、美的感覚を追求しているので
と、なにやら訳の分からない説明をした。

…… 部長先生は何も言わずに立ち去った。


眼科で検査を受けた。

夕方、Dr.がやって来た。



検査の結果はどうでしたか?

両眼とも内側に視野狭窄があるけど、一過性で、そのうち治るでしょうって、言われました


右目の視神経の、外側を触ったのに、内側が視野狭窄になるわけないでしょう!!誰です!!そんなこと言う先生は!!


えっ??さあ…


私の言葉で、医師同士が仲たがいをしたら大変だと、ボケていた。しかしDr.は容赦しない。


先生は名札つけていたでしょう!見なかったんですか!!


眼科医の名前は知っている。しかし、言えない。
こうなったら、どこまでもボケ続けるしかない。私も腹をくくった。


眼科は暗いし…先生の前に…機械があって…名札は見えなかった…

Dr.は、激怒して病室から飛び出していった。この様子を同室の患者さんも震えながら見ていた。


カルテを持って再びDr.が現れる。少し冷静になっていた。
カルテから、手術で触った部分は異常のないことが判明。
検査時に目を覆ったガーゼの厚みで、視野の内側が欠けたのだろうと、この件は落着した。

やれやれ。。。


Dr.は、暇があると病棟に足を運んで、声をかけてくれる。
気さくで熱心なところはいいが、
怒りっぽいのが玉に瑕!!


8月16日 MRI


午前、MRIを受ける。
Dr. に卒業試験と思って受けてくださいと言われたが、工事中の狭いトンネルに、身を置くようなこの検査は苦手だ。


午後、私を担当している看護師さんが来た。

今まで実家に帰っていて…あんまり看てあげられなくて…
ごめん…

床にしゃがみ込んでしまった。悩みがあるのだ。看護師さんは元気がない。

今まで、どうもありがとう!!
これからも看護婦さんとして頑張ってね

うん…○○さんも…お元気で…

握手をした。看護師さんは目に涙を溜めていた。
脳外科病棟との別れの時が、近づいていた。


夕方、Dr.に、退院前の説明をしますと言われる。


夫は忙しくて来られないので、私一人でもいいですか?
と尋ねると

あなたは割としっかりしているから、一人でいいでしょう
別室に呼ばれた。


MRIの結果、異常は、ありませんでした。
術後、約半年間に癲癇の発作を起こすことがあるかもしれないので、できるだけ睡眠時間をとって疲れないようにしてください。
退院後は今までどおりの生活をして、9月1日から仕事に出てください。
8月31日には診察をするから来てください。



ICUでの辛い体験が、つい昨日のように思えるのに、もう退院して働くなんて。。。多忙な毎日は、術後の体に障るのではないかと心配になった。



洗髪許可が下りた。看護師さんに洗髪してもらっている人もいたが、元気な患者には看護師さんがついてくれない。私はおそるおそる自分で髪を洗った。でも自分でできるというのは、嬉しいものだ。



患者さんから借りた10cmぐらいの分厚い漫画を、必死になって読んだ。この病院らしい宗教漫画だ。
退院までに返そうと2日で読破。
その速さに、同室の患者さんが体を心配してくれたが、もう以前の私に戻っていた。


8月17日 退院


慌しく過ごしてきた今までの日々とは違い、入院中はゆっくり時が流れていた。


人に心配され優しくされて暮らす日々は心地よく、退院したくないとDr.に言ってきた。我が儘はもちろん聞いてもらえない。
今度は、無理をして体が悪くなるといけないから、仕事に出られないと言った。仕事に行き出すと家事も含めた1日14時間労働の日々が始まる。そんな毎日を知らないDr.は


何を言っているんですか!!
体が悪くなるわけないでしょう!!
悪くなると言うのなら、どこが悪くなるか言ってごらんなさい!


大声で私を叱りつけていた。


朝、部長回診があった。部長先生からも

仕事に出てくださいね
優しく念を押されてしまった。部長先生のオーラは強い。
部長先生に、働きたくないとは言えなかった。
正座して退院前のお礼を述べた。


隣の病室へ行こうとする5人の先生の背中に向かって

先生、握手をしてください
と叫んだ。

先生方の哄笑の中、病室に戻ってきたDr.は、顔がこわばっていた。無言で差し出された右手は、温かく柔らかだった。
同室の患者さんたちがニヤニヤ笑っている。自分から言い出しておきながら、顔が熱くなってしまった。


午後、夫を待っている私の所に、貧血検査の結果を持って、Dr.が駆けつけてくれた。

やっと元の状態と言っても貧血の状態ですが、元に戻りましたよ!

笑顔で言ってくれた。これでいよいよ退院だ。


親身に治療してくださったDr.に感謝した。
20日足らずの入院生活だったが、思い起こすと胸の中は温かいもので一杯になった。

なかなか姿を見せない夫を待ちながら、所在無く窓の外を眺めていた。夏山は生命力にあふれている。それを見ながら今回元気で退院できるのは、まだ仕事が残っているからだと思った。人のために役立つことをしよう。

2時半頃、迎えに来てくれた夫と、看護師さんや同室の患者さんに お礼を述べて、病院を後にした。