当医院について
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沿革
福喜多眼科医院は昭和57年1月12日に桔梗が丘当地に開院しました。当時名張市本町に親父が福喜多眼科として開業しておりましたので、医院の名称を加えて届け出をしました。
福喜多という苗字は比較的珍しい姓ではあるのですが、伊賀地方にはかなりあります。というのはそのルーツは忍者「福喜多の庄」で、応仁の乱までさかのぼります。
15代目の祖父は生糸の生産が盛んな時代で大きな紡績工場を持っていました(現在の名張小学校と中学校の所にありました)。落下傘の布などを作っていたということです。残念ながら世界的大恐慌に見舞われ倒産してしまったとのことです。
16代目の父(次男ではあるのですが)は眼科を主に名張で開業しました。僕は2代目の眼科医ということになります。仕事の継承の良し悪しは別としてここ名張で戦後「福喜多眼科」として半世紀以上になります。
開院後5年目に隣接地に名張コンタクトレンズを、10年後に眼鏡店と調剤薬局を お願いしまして現在に至っております。







