よべのつき 二〇〇九
【 葉 月 】
朔日 重ならぬふたつの梢初月夜
二日 だんまりの着ぐるみ芯二日月
三日 トーストにバター三日月のぼる頃
月見送るやカーラジオそつと切り
四日 ふいに鳴るピンクの電話四日月
五日 裏向けのカフェの黒板五日月
六日 主待つ飴色の犬上り月
七日 一行でをはる恋文夕月夜
八日 椋鳥を好きな電線月の舟
九日 盈月や母より生れて父のかほ
たこ焼のどれも大蛸宵月夜
十日 手仕事の美しき手ざはり月の雨
雲上の月の白さを思ひをり
十一日 モナリザの足元に籠十日月
十二日 宵月や底なし沼のマグカップ
十三日 草の葉の小さく伸びする月夜かな
十四日 乳色の菓子舗のあかり小望月
待宵や座り机に竹の筒
十五日 眼福のたとへばまろき月の菓子
笛方に誘はれ出づる三五月
月のぼる美しき手の鼓方
秋冷や面の下ののどぼとけ
松が枝に捉まへられし大き月
月今宵小面まばたきしたやうな
うつむけば目瞑るをんな宵の月
月の蛾の降り来る能の篝かな
動かざる芸の眩き月今宵
ゆるゆると火こぼす月の篝かな
月真白川辺の鳥の夢いくつ
月天心未だ眠らぬ無人駅
幽玄にいつとう遠きすいつちよん
十六日 月代や大き車に大き窓
十六夜の月に呼ばるるまずめかな
やや寒や人影絶えし谷の橋
山の端の月の速さを眺めをり
月出でしことどなたにも告げぬまま
十七日 立待の光含みし霖雨かな
月の雨茶箱の本に棲むトロル
十八日 居待月空いかばかり高からむ
さよならもいはず乾びし月の雨
しばらくは花野に遊べ月の客
十九日 一つ目小僧とすれ違ふ寝待月
二十日 更待やお目目のかたき籠の鳥
月の海より流れ来し秋の黴
二十一日 きららの雲のその上の虧月かな
どこまでの宇宙三七月ぷかり
二十二日 半分はアメリカへ遣るけふの月
二十三日 有明や皿をはみ出すパンケーキ
二十四日 ランドセル隠るる小薮下り月
二十五日 山しづか月待つ心持て眠る
二十六日 有明や目薬受くる頭蓋骨
二十七日 とりどりのカップソーサー朝の月
二十八日 つとめての月の匂ひの霖雨かな
晦日 八月晦日木犀の薄明かり
【 長月 十三日 】
後の月 百の窓開く百の手十三夜
十三夜やはらかなもの身にまとひ
さやさやと梢を濡らす後の月
ぬる燗の錫のぐい呑み名残月
>゜))))彡 >゜))))彡
句: 坂石佳音
2009