第4回検討事項について

地域の活性化の観点からノーマライゼーションの実現方法を考える

 脱施設化の傾向(管理された環境から地域生活への転換)は障害者のIL(自立生活)運動だけにとどまらず、高齢者福祉の分野でもはじまっている。

特別養護老人ホーム・アザレアンさなだ(宮島渡施設長・長野県)では「逆デイサービス」という、たいへん興味深い試みが実施されている。ご存知のとおりデイサービスは、在宅の高齢者が、日中施設をご利用になるサービスだ。しかし「逆デイサービス」では、施設に入所している高齢者が数名ずつ、職員と一緒に地域の民家で、日中の時間を過ごす。それは「流れ作業に堕した(施設の)介護業務に対する強烈な絶望」から出発した試みで、施設の中では重い痴呆で無表情だった高齢者が笑い、安心した表情を見せる。調理や作業ができるようになる。これは地域や家の持つ人間性の回復力だ。当たり前の暮らしになれば、自然と意欲が高まる。最近では寝泊まりできる「逆デイサービス」もいくつか登場してきている。同じく特別養護老人ホーム・せんだんの杜(宮城県)ではさらに多くのそうした取り組みを行っている。

こうした力を活用しない手はない。幸いまちの中には空き家がいくつもある。放置すれば荒れるだけ。「逆デイサービス」として受け入れ可能な家屋があれば少しリフォームして実施が可能。買い物にも出やすくまちの活性化につながる。

 そうしたところでのケアはおむつ交換や食事介助、衣類の着脱といった基本的介護よりは、”ゆっくりとその人と同じ時間を過ごす”、”その人の話に耳を傾ける”といったことが中心となる。上野市の宅老所「やすらぎの家」もそうした取り組みを行っている。もっと増やせば支援する人の生きがいにもなる。さらには、就労の場を拡大することにもつながる。

 対象は何も高齢者に限定しない。子どもでも障害のある人でも誰でも利用可能。

従来型のハコモノを中心とした重厚長大型公共事業から、個人の暮らしの質を高める方向での施策に方向転換が必須だ。

今後、障害を持つ高齢者が増大するということは、商店をはじめまちのあらゆる機能が障害対応が可能である必要がある。公共施設は当然のことである。公衆便所、道路、通信・・・。今から少しずつ改修していくことが肝要。おそらく入口に段差がある商店や事務所は利用されなくなるだろう。

 個人の家も同様。中で住む人のためだけではなく、障害のある友人がたずねてきても大丈夫という意味でもある。

実施主体:施設・住民・社協などのNPO

知的障害児、精神障害児の学校教育はどうあるべきか

 ”障害”のある子どもも、そうでない子も一緒にいることで問題解決の方法を共に試行錯誤する。従来の養護学校のあり方は、一般の人に”障害”を無理解にさせてしまったと考えている。

 条件として障害をもつ子どもともたない子どもの比率が、一般社会のそれと同じであること。同年齢の友達と相互に関係がもてる十分な機会が保障されていること。

 結果として、障害をもつ子どもはその学校集団により主体的に参加するために必要な行動を、その他の生徒は、障害をもつ子どもについての偏見のない正確な知識と彼らとの適切なかかわり方を身につけることができることが最大の効果。

 私の知人で重度の聴覚障害の女性がいる。彼女は普通学級に進んだ。幼い頃は聴覚障害のため言葉を獲得しておらず、話をすることができなかった。しかし、低学年の頃友人が口の前にハンカチを当て、声を出して話すよう促され、しゃべれるようになった。その友人は聾学校の教諭に、本人は大学を2つ出て特別養護老人ホームの職員になった。

義務化に関する疑問点

1.養護学校や特殊学級へ通うことを望んでいる障害をもつ子ども自身あるいはその両親ははたしてどれほどいるのか。

2.なぜ家から遠く離れた学校へ、近所の友達と別れてまで通うのか。

3.幼稚園、保育園では比較的多く統合保育が行われているのに、どうして学齢に達したその日から選別されなければならないのか。

4.就学相談等で、ただ“あなたの子どもにはここが一番いいですよ”と言われるだけで、選択できる学校はどれだけあり、それぞれの特徴はどうで、選択に際し親の権利はどうなるのか等の説明はまったくなされない。

5.特殊教育を受けないと、“将来の社会参加が困難になる”と誰が証明できるのか。あるいは養護学校、特殊学級で卒業後の(学校教育期間よりも実際には遥かに長い)処遇まで十分なケアをおこなってくれるのか。

6.特殊教育を行っている教師は、はたして本当に専門的訓練を受けてきているのか。あるいは特殊教育に情熱をもっている人材を登用しているのか。

7.特殊教育で指導している内容が、現実の社会で生活していく事と余りに掛け離れている。そのうえ、障害をもたない同年令の友達とかかわる時間は、極端に少なくなる。

8.世界的な統合化の流れ(インテグレーション)と逆行している。

鳴門教育大学 成冨雅仁氏によると、

 卒業後、知的障害児・者と関わりを持つ機会が多いと考えられる、福祉・保育・教育を専攻している学生を対象とし、199910月から同年11月にかけて調査を実施した結果は次のとおりである。

 調査対象245名のうち回答数は226名(回答率922%)であり、有効回答者は223名(有効回答率911%)であった。

 「理念的好意」においては、ボランティア経験が多くなるにつれて、知的障害児・者が生活しやすい地域環境の整備や交流の推進といった理念的な好意度が高まる傾向がみられた。「実践的好意」においては、ボランティア経験が多くなるにつれて、自己と知的障害児・者との直接的な具体的な関わりを示す実践的な好意度が高まる傾向がみられた。「統合教育」においては、ボランティア経験が多くなるにつれて、知的障害児が普通学校・学級で勉強することに賛成する度合が高まる傾向がみられた。「能力肯定」においては、ボランティア経験が多くなるにつれて、知的障害児・者の能力を肯定的にみる度合が高まる傾向がみられた。

やはり、かかわりを多く持つことが正しい理解を深めることにつながっている。

もちろん、以下の反論があることは承知。

1.障害をもつ子どもは通常の授業には全くついていけず、時には授業を妨害し、他の生徒に迷惑をかけることさえある。

2.その子の発達に合った、専門的な教育を受ける機会がほとんどない。

3.他の生徒から一方的に援助を受けることが多く、依存的となり自立心が育たない。

いじめや中傷の対象となりやすい。

4.予期できない行動を示すことから、障害をもつ子ども自身あるいは他の生徒の安全性が保ち切れない。

5.特殊学級や養護学校といった立派な施設があるのになぜ使わないのか。

6.学校、学級、職員の受け入れ体制が整っていない。

 しかし、幸い少子化しており、多くの問題は20人学級に加えて専門教員の加配で解決可能と考える。使わなくなった特殊学級は地域の高齢者等との交流の場として、養護学校はフリースクールやコミュニティーセンターとして活用可能。

実施主体:学校・地域・NPO

 

ホームレス対策

 伊賀地域にはホームレス問題はほとんど無いと考えられがちだが、実はそうではない。

 また、ホームレスの問題は、放置すれば地域から隔離されてしまう人たちへの支援をどうするかという問題でもある。

国でも平成12年3月に「ホームレスの自立支援方策について」と題して自立支援事業を立ち上げた。そこでは「地域社会の一員として社会生活が送れるよう支援することが基本であり、そのためには、ホームレス個々のニーズに応じた支援プログラムが用意される必要がある。こうした観点から、総合的な相談・支援体制の確立が重要な課題である。」としている。これは、地域に「総合的な相談・支援体制の確立」が必要であるという意味である。ホームレスの問題だけでなく、精神障害のために地域から遊離し欠けている人なども同様の課題がある。

 同じ地域に暮らす仲間としてどう支援できるかといった住民意識の問題に加え、専門的視点から本人の生活歴、意欲、健康状態などを総合的にアセスメントし、個別にケアマネジメントを行う体制が必須である。また、一時的に保護するシェルターのような機能や公営住宅の利用なども必要となろう。しかし2年から5年で異動する体制で専門職不在であるため、もはやその機能を社会福祉事務所に求めることは困難である。生活保護の適用に関しては公的扶助の観点から行政である必要があるが、ケアマネジメントの実施については、専門職に委ねることが効果的かつ効率的であると考える。

従って今後こうした問題の解決については、専門職が配置された社会福祉協議会や開業社会福祉士事務所の奨励と業務委託が有効ではなかろうか。

なお、シェルターは宅老所のような小規模多機能な施設が担うことができる可能性がある。

また、住民意識の変革については福祉教育が重要である。ことに地域福祉に関する深い理解を図るべく、自身の問題として共感できるよう多様なプログラムが準備される必要がある。

実施体制:地域の中で社会福祉協議会、民生委員、NPO、ボランティア団体、施設等との連携・協力が不可欠であり、行政及び民間支援団体、地元の自治会等を含め地域全体で支援する体制・仕組みを構築する。

 

医療・福祉現場における人権尊重の重要性

いのちと暮らしを守る専門職に求められるのは、極めてとぎすまされた高い感性に基づく人権意識であると考える。

 残念ながら福祉現場において専門職が虐待するなどの悲惨な状況が報道されることがあるが、こうしたことを改善することなしには、福祉サービスの信頼性は高まらない。

積極的な虐待だけではなく、援助放棄も虐待である。専門職が専門職として正しい人権感覚を身につけるためには、職場の環境も重要な要素である。

以下対策案を提案する

1.人権が侵害されていることを発見しやすくすること。

2.第三者委員など外部者が参加しチェックすること。

3.利用者、第三者委員、職員で組織する人権を守る委員会を組織し改善勧告を行うこと。

4.内部職員や利用者からの訴えにより、訴えた職員や利用者が不当に扱われることがないよう保護すること。

5.人権に関する研修を最低年2回必須とすること(研修担当者をおく)。

6.人権研修プログラムは職域ごとに開発し、組織・機関を超えて共有すること。

7.サービスに関する情報が事故も含めてたえず公開されていること。

8.起こった事故について背景を分析し、再発防止の取り組みを行うこと。

 

若者が流入してくるようなまちにする方法や企画

・高齢者や障害のある人が多いというだけで、ビジネスチャンスが多くなるアイディアを一般募集(懸賞付き)

・伝統産業のユニバーサルデザイン化プロジェクト結成

  (例:こぼれにくく飲みやすい伊賀焼きの器など)

・昔の生活探検隊(世代間交流を深める方策)

・高齢者や障害のある人からヒントを得る生活の工夫発明展の実施

・活性化企画やセミナー実施のためのNPO結成促進

 

医療・福祉の充実のために税金を増やすことは必要か

 これにに関しては住民の意思を確認する必要がある。鷹栖町では100人委員会が出した答えは保険料を8,000円としても高福祉を受給したいというものであった。しかし、すべてをそれでまかなうわけではなく、住民も福祉に参加して予防的な取り組みも行ってのことである。

 新市においてもこうしたワーキンググループを結成することが、住民がうまく行政と手を組み、効果的な行政運営ができることにつながる。

平成15年を目途に地域福祉計画の策定が準備されている。地域福祉計画の策定は住民参加が必須となってる。ワーキンググループを結成して住民の意向を確認しつつ解決策も含めて提案していただいてはどうか。かなりユニークな実現可能な提案をいただけると思う。

 私個人としては、現在政府への信頼性が低いため個人で金を貯めざるを得ないのではないかと考えている。払った税金が確実に福祉に使われるのであれば増税を認める。ただし、福祉目的でスタートした消費税の議論はうやむやになっており、まずはこれをはっきりさせる必要があるのではないか。

 一方、地方税の福祉への投入であるが、地方の裁量や権限が増し、国税も地方税も新市において福祉目的で使われることが公約されるのであれば賛成が多いと考える。

そして、高福祉高負担の議論だけでなく、住民参加と生きがいの創造という見えない貨幣も加味された福祉社会を考えたい。

 

新たな課題提起:少子高齢化は、孤独化でもあり、これへの対策が必要

 孤独な群衆と化した都市は決して暮らしやすいまちではない。近隣や友人の関係が継続されてこそ、生きていてよかったと思えるまちだ。近隣や友人の関係を希薄にさせない働きかけは今以上に必要。緊急時に自動通報される装置なども実現可能だが、人と人のつながりをどう紡いでいくか。福祉コミュニティーをどう構築するかは最重要課題。ぜひご検討を。

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