新連載小説 

                       「ある夜の出来事」     BY MASAYUKI

 

                            

          「或る夜の出来事 」


 突然鳴り響いた電話のベルが輝紀をたたき起こした。畜生め・・・・・

 ようやく 探りあてた受話器から、
 キンキンした女の声が伝わってきた。
 「二丁目の角の石田ですけどね、ラーメン二つ、大至急ね」
 それだけ言うと電話は切れた。
 二丁目の角の石田、というとあの赤屋根の家だ。通勤途中で何度か、主婦らしい女 が出入りするのを見たことがある。

 痩せた、いかにも気の強そうな女だった。今のがあの女の声だな、
 ハハ、あの女ラーメン喰うのか。輝紀はニヤニヤし、それから我に返ってとびあがった。こうしちゃいられ ない、大至急なんだぞ。
 輝紀はガバッと起き上がり、電気をつけた。寒い。輝紀はガタガタ震えながらズボ ンに足を通し、セーターをひっかぶった。

 時計を見るともう二時近い。明日は勤めがあると言うのに・・・・・・。
 輝紀は女を恨んだ。
 何だってこんな時間に、しかもよりによってこの俺に注文しやがったんだろう。
 ラーメン屋がいくつもあるじゃないか。
 奴らは商売だからこんな時間でも喜んで届けるだろうさ。だけど俺はサラリーマン
 なんだ。七時に起きなきゃならないんだぞ。第一、ラーメンたってインスタントしかない。入れる物だって何
 にもないんだからな。
 ブツブツ言いながら輝紀は氷のような廊下に出た。皆寝静まっている。共同炊事 場は寒剤だった。二人前、と・・・・・・。

 輝紀は鍋に水を入れ火にかけると、大急ぎで部屋に戻った。有難い
 ことにラーメンの買い置きはまだあった。それにしても二人前でよかった。丼ばちを出しながら輝紀は女に感謝し た。

 三つと言われてちゃお手上げだ。まさか皿に入れるわけにもいくまい。オッと、こいつにはふたもあっ たんだ。あったことも忘れていた。
 本当によく捨てないでおいてあったものだ。よかった。こういうこともあるんだから、みだりに物を捨てないようにしよう。

 なあ、ふたども、お前らにもやっと出番が廻ってきたんだぞ。
 持って出ようとして、卵があったのを思い出した。卵入り!これならなかなかいいんじゃないだろうか。そうだ、 コショウなんかもちょっと入れてみ て!

 何と言っても人様に食べてもらうのだ。自分や会社の連中に作る場合とはわけがちがう。

 やや、割り箸だっているぞ!

 輝紀は部屋中を掻き回したが、運悪 く、太陽軒のと松井食堂のと 一つずつしかみつからなかった。

 揃ったのがないのは何としても残念だったが、
 まぁ
 商売じゃないのだから勘弁して
 もらうしかない。


 中篇


あたふたと炊事場に戻ると、もう湯は煮えたぎっていた。急いでメンを入れ、卵を落とす。

煮過ぎないようにしなくては・・・・・・。前に小林のやつが言ってたっけ・・・・・・。

火を止め、スープを入れる手が緊張で震えた。そして出来上がったラーメンをようやく鉢に移し終えた時には、もう全身汗びっしょりだった。

本当に、何でも本気でやらなければ、物事の難しさと言うものはわからないものなのだ。  

だがふたをした上に割り箸を載せ、隣の学生の木盆に並べて置くと、それは実際ちょっとしたものに見えたものだ。

輝紀は惚れ惚れと眺めずにはいられなかった。これで揃いの箸だったら!あの出前用の木箱のないのもくやしかったが、まあ近いからいい。

 盆を傾けないように注意しながら、そろそろと運ぶ。大至急と言われてもいろいろ大変なのだ。

寝静まった廊下に俺の足音だけがやけに響いた。アパートを出たところでアベックに出会った。

アベックはいちゃつくのも忘れて、じろじろ俺を見た。いやな感じだった。なんだか恥ずかしいことをしているような気がした。

輝紀はうつむいて少し急いだ。風邪が身を切るように寒い。

洟をすすりながら歩いた。

 石田家の前まで来た時、輝紀はさすがにドキドキした。何と言っても出前なんて初めての事なのだ。

輝紀は懸命に太陽軒の出前持ちを思い出そうとした。奴の自信に満ちた声、物腰、輝紀には到底真似ることもできないように思われた。

だが、クソ、ここまで来たのだ。輝紀は思い切ってインターフォンを押した。

 「はい?」

 「チワ―、ラーメン持ってきましたあ。」

 「ちょっと待って、今開けるから」

 出来るだけ自然に言ったつもりが、すこし声が震えたような気もした。輝紀は眼鏡に手をかけた。

ドアが開いて、出てきたのはやはりあの女だった。女は盆と輝紀を見て目を見張った。

何か言いかけようとする女に、輝紀は思わず盆を押しつけ言っていた。

「お代は鉢をいただきに来た時で結構ですから」

輝紀は走った。走った。惨めだった。たまらなく惨めだった。折角上手くやれそうだったのに、土壇場で逃げ出したしまったのだ。

今ごろ何と言っているだろう。やはり笑っているだろうか。

いや、そもそも全てが不完全だったのだ。不揃いの箸、木盆、それにあのラーメン・・・・・・

輝紀は不安になった。煮すぎはしなかったか。でものびてやしなかっただろうか。

もっと急いで持ってくるべきだったのでは・・・・・・輝紀は心配でドキドキした。

いっそお代は要りませんと言おうか。

それなら許してもらえるかもしれない。ああ、折角注文してくれたのに、こんな結果に終わってしまったのだ・・・・・・

だが、輝紀はふと考え直した。注文したのは向こうの勝手なんだぞ。

そうとも、向こうで俺に言ってきたのだ。俺が売り込んだわけじゃない。そうさ、俺はラーメン屋じゃないんだから。

輝紀はこみあげる淋しさをこらえて自分に言い聞かせた。もう注文されなくったって構やしないんだ。

俺はレッキとしたサラリーマンなんだ、と・・・・・・。

どこかで戸を閉める音がした。さあ、明日も早いんだ、早く帰って寝ておかなくては・・・・・・。

輝紀は夜道を急いだ。
      



  
                      終わり


   なお、この小説に登場する人物あるいは、店名、固有名詞などは実際には存在
しないものと解してください。


        この作品は、2001年二月七日水曜日 14:43:40MASAYUKI氏から突然送られてきたものである。

      この作品は、ストーリーが先にできて、その後に主人公の輝紀を、コダニをモチーフとして登場させたのではなく、

      まず、主人公である輝紀をイメージして、そこからこのストーリーが付け加えられた作品だという。つまり、輝紀(コダニー)

      という、独特のキャラクターから生まれた作品だといえる、しかしその独特のキャラクターはこの作品には全く表現されてな

      く、彼のキャラクターをイメージすると どうしてもギャップを感じざる追えない。彼のキャラクターをMASAYUKIという

      作家の独特な感性と、おもしろいストーリーによって作品として創作され、私達をたのしませるのは流石である。二十一世紀

      小説の新ジャンルのプレリュードであったといえよう。

                                                             管理人

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