新連載小説
「ある夜の出来事」 BY MASAYUKI
「或る夜の出来事
」 突然鳴り響いた電話のベルが輝紀をたたき起こした。畜生め・・・・・ ようやく
探りあてた受話器から、 痩せた、いかにも気の強そうな女だった。今のがあの女の声だな、
時計を見るともう二時近い。明日は勤めがあると言うのに・・・・・・。
輝紀は鍋に水を入れ火にかけると、大急ぎで部屋に戻った。有難い
三つと言われてちゃお手上げだ。まさか皿に入れるわけにもいくまい。オッと、こいつにはふたもあっ
たんだ。あったことも忘れていた。 なあ、ふたども、お前らにもやっと出番が廻ってきたんだぞ。
何と言っても人様に食べてもらうのだ。自分や会社の連中に作る場合とはわけがちがう。 やや、割り箸だっているぞ! 輝紀は部屋中を掻き回したが、運悪 く、太陽軒のと松井食堂のと 一つずつしかみつからなかった。 揃ったのがないのは何としても残念だったが、
煮過ぎないようにしなくては・・・・・・。前に小林のやつが言ってたっけ・・・・・・。 火を止め、スープを入れる手が緊張で震えた。そして出来上がったラーメンをようやく鉢に移し終えた時には、もう全身汗びっしょりだった。 本当に、何でも本気でやらなければ、物事の難しさと言うものはわからないものなのだ。 だがふたをした上に割り箸を載せ、隣の学生の木盆に並べて置くと、それは実際ちょっとしたものに見えたものだ。 輝紀は惚れ惚れと眺めずにはいられなかった。これで揃いの箸だったら!あの出前用の木箱のないのもくやしかったが、まあ近いからいい。 盆を傾けないように注意しながら、そろそろと運ぶ。大至急と言われてもいろいろ大変なのだ。 寝静まった廊下に俺の足音だけがやけに響いた。アパートを出たところでアベックに出会った。 アベックはいちゃつくのも忘れて、じろじろ俺を見た。いやな感じだった。なんだか恥ずかしいことをしているような気がした。 輝紀はうつむいて少し急いだ。風邪が身を切るように寒い。 洟をすすりながら歩いた。
輝紀は懸命に太陽軒の出前持ちを思い出そうとした。奴の自信に満ちた声、物腰、輝紀には到底真似ることもできないように思われた。 だが、クソ、ここまで来たのだ。輝紀は思い切ってインターフォンを押した。 「はい?」 「チワ―、ラーメン持ってきましたあ。」 「ちょっと待って、今開けるから」 出来るだけ自然に言ったつもりが、すこし声が震えたような気もした。輝紀は眼鏡に手をかけた。 ドアが開いて、出てきたのはやはりあの女だった。女は盆と輝紀を見て目を見張った。 何か言いかけようとする女に、輝紀は思わず盆を押しつけ言っていた。 「お代は鉢をいただきに来た時で結構ですから」 輝紀は走った。走った。惨めだった。たまらなく惨めだった。折角上手くやれそうだったのに、土壇場で逃げ出したしまったのだ。 今ごろ何と言っているだろう。やはり笑っているだろうか。 いや、そもそも全てが不完全だったのだ。不揃いの箸、木盆、それにあのラーメン・・・・・・ 輝紀は不安になった。煮すぎはしなかったか。でものびてやしなかっただろうか。 もっと急いで持ってくるべきだったのでは・・・・・・輝紀は心配でドキドキした。 いっそお代は要りませんと言おうか。 それなら許してもらえるかもしれない。ああ、折角注文してくれたのに、こんな結果に終わってしまったのだ・・・・・・ だが、輝紀はふと考え直した。注文したのは向こうの勝手なんだぞ。 そうとも、向こうで俺に言ってきたのだ。俺が売り込んだわけじゃない。そうさ、俺はラーメン屋じゃないんだから。 輝紀はこみあげる淋しさをこらえて自分に言い聞かせた。もう注文されなくったって構やしないんだ。 俺はレッキとしたサラリーマンなんだ、と・・・・・・。 どこかで戸を閉める音がした。さあ、明日も早いんだ、早く帰って寝ておかなくては・・・・・・。 輝紀は夜道を急いだ。
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この作品は、2001年二月七日水曜日の 14:43:40にMASAYUKI氏から突然送られてきたものである。
この作品は、ストーリーが先にできて、その後に主人公の輝紀を、コダニをモチーフとして登場させたのではなく、
まず、主人公である輝紀をイメージして、そこからこのストーリーが付け加えられた作品だという。つまり、輝紀(コダニー)
という、独特のキャラクターから生まれた作品だといえる、しかしその独特のキャラクターはこの作品には全く表現されてな
く、彼のキャラクターをイメージすると どうしてもギャップを感じざる追えない。彼のキャラクターをMASAYUKIという
作家の独特な感性と、おもしろいストーリーによって作品として創作され、私達をたのしませるのは流石である。二十一世紀
小説の新ジャンルのプレリュードであったといえよう。
管理人