ブラジル見聞録      日本と全く別の農業
 岐阜の小林武さんから、ブラジルの農業視察に誘われたとき、多分行かないだろうと思っていた。ところが数日たつと、なんとなく参加してみたくなった。観光で行ってもなかなかその国は判らないが、農村を回れば生活が分かる。それに農学部の学生の頃、熱心な移民クラブの活動があり、ポルトガル語の講師を招いて勉強していた。
 親しかった岸本君は、一年休学してブラジルに渡って生活したうえで、報告会も開いてくれた。同級生も渡航の船が退屈だとかで、4人が誘い合わせてマージャンをしながら移民していった。
 狭い日本の農業の限界を感じ「巨大な新天地」に新しい農業の夢を持って渡っていった。
あれこれ考えていると、このチャンスを生かしてみようと思った。視察のメンバーは前から聞いていた(農業経営者交流団)で、農民作家の山下惣一さんも一緒だ。
 それにしてもブラジルは遠かった。成田を夜7時に発って、朝ロスアンゼルス。ここで機体の掃除や乗務員や乗客の交代、燃料や食料の補給で相当時間があり、ひとまず米国へ入国手続きをして待つ。再び乗り込んでサンパウロまで行き、さらに乗り継ぎでイグアス空港に着いたのは昼過ぎだ。二昼夜かかったような気持ちになる。
 それからパラグァイとの国境を越えて、イグアス農業協同組合を訪問し、その夜は交流会だ。長い間のまずい機内食に対して、ここでは焼き魚や豆腐が食べられる。この後も味噌汁やご飯がいたるところで食べられて、かつてヨーロッパ旅行で苦しんだ食事がうそのようた。
 日本人の連帯も密で、会いたかった仲間もサンパウロで訪ねて来てくれて、日本食堂で日本酒で歓談した。またホームステイしたお宅は、三重大の卒業で日本で就職した後最後の移民船で渡ったとのこと。共通の知人も居てすぐ打ち解けた。
 こんな日本人社会の中をブラジル的鷹揚さで移動していると、すっかり親しくなって溶け込んでしまう。私を誘ってくれた小林さんはもう12回も訪れていて、今回も最終行程の村に残り、仲間たちとともにアマゾンなどを巡って、来年の春まで戻らないと言う。
 あちこち尋ねる予定で、果たしていつ帰るのかわからない。そんな魔力がこの巨大な大地にはあるのだろう。
 
 さて農業については、日本とは全く別物で、巨大な企業である。自分で土地を切り開き、耕し作物を育てるという事はない。作目を選び、組み合わせ、必要な資本を投下し、労働者や信頼できる支配人を雇い、収穫物を如何にさばくかにかかっている。数百ヘクタールの規模で作付けし、何万ヘクタール土地を所有していても、不思議ではない。
 原野を焼き払って農地に変えるのも、請負業者だ。目をさえぎる山などはなく、緩やかな岡や木のまばらな原野を走っていると、迷ったら戻れないのではないかと思う。したがって技術的関心も、機械のスケールも、日本では考えられない。収入も国際的相場で左右され、夢のような大金を手にすることもあれは、居場所がなくなるような失敗もある。
 今回訪問した皆さんは成功者であり、すばらしい邸宅や別荘、共同のゴルフ場や娯楽施設も持ち、メイドや支配人や多くの労働者を監督して、生活は優雅に見える。大学の同窓である岸本君のまとめたブラジルの農業の分厚い本も貰ったが、ここではあえて紹介しない。
 土地所有制度や政治的拘束や指導、経済環境などあまりにも違いすぎて、日本の尺度で考えるのは間違いのもとだ。そんな中でいくつかのエピソードを紹介しておこう。
 かつては移住者のより所であった、コチヤ産業組合が倒産していた。ここにどんなにたくさんの移住者が依存していたかを思うと大変な出来事であり、今でもその後遺症や問題が山積しているらしいが、過去の出来事になってしまっていた。
 また、フリータイムのときに宝石商のバスが来て、加工や製品の紹介をしてくれた。その売り込みの販売員が、農業の関係者と知って自分も牛の大農場を持っているという話になった。
 熱帯なので暑さに強いインドの白いコブウシを飼っている。広い農場で的確にメスの発情をキャッチして人工授精して、よい子牛を作ることが生産のポイントなのだそうだ。そこでオス牛を1-2頭放してある。そのオスは手術をして睾丸は残してあるがおちんちんは横を向けて交尾できなくしてある。オス牛のあごに色素を放出するかごが付けてあり、発情したメスを見つけて乗りかかると着色される。
 そのメスを見つけて6時間くらい後に人工授精するとよいのだそうだ。その広い牧場の話も面白いが、宝石店の社員がそれを持っているのも楽しい。
 今回は南のパラグァイから赤道直下のべレン近くのトメアスやイガラベアスまで、たくさんの移住地の農業や農家を訪れた。どれもずば抜けた広さと規模だ。
 上から写真は麦畑、大豆畑、ネーブルの畑などだ。右はジャガイモ農家の出荷風景。毎日選別袋詰めをして何台ものトラックが待機して積み出してゆく。
 花の農家も養鶏の農家もみんな巨大である。土地は南のほうが赤く北に行くほど薄くなるが、総体に赤っぽい。しかし非常に南は肥沃で、肥料はほとんどいらないくらいだという。そして大豆などの収量は世界最高水準で収穫できているそうだ。
 赤道の近くは、温度が高いだけ消耗が激しく有機物が分解されるので痩せやすい。それでも樹木など、温帯の10倍の速度で生長するし、年中収穫できるので生産性は高そうである。
 農作物や観光、風土などについてはおいおい紹介してゆくことにしよう。