第十一話
地膚刺す 寒気厳しや 手負いの仔

 去年の初め、歳も歳だしボケ防止に、作れるものならホームページでもと考え、息子にパソコン機種を選定してもらって、いろいろ教えを請うていた。その傍ら随想録(里山談義)なるものを準備しはじめていた。
  そうした折も折り、自然観察会の山道で「何か伊賀博物誌に書いてみませんか。タヌキの事でも・・・」と、加納さんから声がかかった。あまりにもタイミングよく、これが博物誌参加の切っ掛けとなった。そして一年、図らずもタヌキ絡みの一件でインターネットを通じてお世話になることとなった。
  さて入れ替わり立ち代り現れるツン太一家の仔ダヌキ達の中で、十二月初め頃よりガサ子のお尻に、ぽかっと穴が開いたように毛が抜け落ちているのだ。直径五センチぐらいだ。昨年の仔ダヌキ達のこともあり、てっきりこの仔も疥癬症に罹ったのかと懸念していた。


喉首の怪我-1
仔ダヌキ達の場合、喉首と尻尾の付け根のあたりの怪我が多い。

  偶々インターネットであちこち覗き込んでいる時に、一般の人々から寄付を募り、疥癬症のために脱毛、衰弱した野性の狸に投薬活動をしているという「タヌキ生態研究基金」なるホームページを見つけた。早速コピーして読んでみた。

喉首の怪我ー2
毛繕いのみならず、お互いの傷口をも舐めあったりしている.
  それによると、《「庭に来るタヌキがおかしい」という声が聞こえ始めました。毛が抜けて地膚が見えてきた、(中略)ヒゼンダニによる疥癬症です。病んだタヌキは人間やペットに害があるのではないかという心配から、保険所に通報され、捕獲、処分されるケースが増えてきました。これが一般化してしまうと、人間が居住地を広げたために人前に出てこざるを得なくなったタヌキを、また人間の都合で駆除の対象に追いやるということになってしまいます。そこで私たちは、このような形でタヌキと人間との共存関係を断ち切ってしまわないように、(中略)疥癬症
野性タヌキへの投薬活動を始めました。(後略)》と紹介されていた。
  ガサ子の傷痕(脱毛)が気になり、暫く注意していたところ、若干大きくなっていくように思え
た。気懸かりで放っておけずお尻の写真を撮り、「タヌキ生態研究基金」に診断依頼をしたのは、年の暮れ、26日の朝であった。且つE-MAILにその写真を添付した。押詰った忙しい時と思われたにも拘らず、その日の午後に返信メールが入っていた。
  《メール拝見いたしました.見事に患部の撮された写真ですね.大変判断しやすくて助かりました.さて,このタヌキですが,疥癬症ではありません.外的な要因によるもの,簡単にいえば「怪我」だと思います.ただ,血が出るような切り傷,咬み傷で,このようにポコっと毛が抜けてしまうことは普通ないので,


お尻の怪我ー1
尻尾の付け根は特に噛み付き易いのではないかと思われる.

何者かに,後ろから毛をむしり取られたか,車かバイクのようなものと接触して毛をむしり取られたか・・・原因を判断しかねる不思議な怪我ではあるのですが. 怪我の治療となると,

お尻の怪我ー2
仲間同士の喧嘩や野犬に襲われたり、或いは交通事故での擦り傷かも・・・
捕獲して獣医さんに見せるのが一番ということになってしまいますが,特別ひどい怪我でなければ放っておいても治ってしまいます.ということで,いかがでしょうか,しばらく様子を見ていただけませんか? 何かおかしい様子でしたら,また御連絡下さい.(後略)》
  というものであった。疥癬症ではなかった。ひとまず安心できてほっとした。その一節「・・・何者かに,後ろから毛をむしり取られたか,・・・」を読んで、はたと思い当たった。 
  
何時だったか、ツン坊とツン助に伴って、一歩後からガサ子も現れた。ガサ子が私の投げてやった

パン切れを、まさに拾い咥えんとした瞬間、いきなりツン助が振り返り唸りながら、ガサ子に襲いかかったのだ。悲鳴をあげて逃げ惑うガサ子のお尻にツン助が噛み付いたのである。
あのポコッと毛の抜けたお尻に・・・!「どうして? どうして? 」といった気持ちであっけに取られて見ていた。その唸り声や悲鳴で、ご近所の人々が窓から覗くのではないかと、要らん心配をもした。ガサ子の地膚剥き出しの傷痕は、何と!仲間の「いじめ」によるものであった。
  尻尾の付け根のあたりは比較的毛深い。それ故に引き抜かれた傷痕の個所は、まさしくポコッと穴が開いたような状態だ。陥没した道路のように際立っている。木枯らしの吹き荒ぶ音を聞きながら、その剥き出しの地膚の部分を目の当たりにすると、居た


脚の怪我ー1
野山での素足は脚を痛めることが多いのだろう.左脚を浮かせている.

たまれなく寒々しくて痛ましい。仲間のいじめに拠るものとは思いもしなかった。
  
  "地膚刺す 寒気厳しや 手負いの仔"



脚の怪我ー2
足裏を傷めていたらしく、大地につけると「ヒィーヒィー」痛がって鳴いていた.

  けれどもチュウ太(ポン太の仔)の尻尾の毛の抜け方とは確かに違うのだ。チュウ太の場合、尻尾の毛は全て抜け落ちているのに、産毛のような弱々しいのが残っていた。毛の抜け落ちたところと、そうでないところの境い目は陥没したようには際立っていなかった。ぼやけていた。このことからチュウ太は疥癬症で、ガサ子、ダン吉(タン吉の仔)は噛まれ傷とはっきり認識できた。インターネット上での診断アドバイスがそのように確信させてくれた。
  インターネットは、利用しない者にとっては無用の長物であるが、活用する者にとっては知恵袋にもなり、打出の小槌にもなる。更に津々浦々へのお触

にもなり、飛脚特急便ともなる。又無用心な者にとっては魔物に変化(ヘンゲ)する。誠に不可解極まりない超怪物である。現代版、アラジンの魔法のランプといったところだ。


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