信州・松代 真田十万石の城下町

真田家の家紋六連銭(六文銭)。

真田家は関が原の戦いで親子・兄弟が分かれて戦って家系を存続させた事が有名であるが、以後徳川の世では10代250年間、信州の雄藩として明治維新を迎えております。

関が原の戦い

昌幸(父)と幸村(次男)が豊臣方で信之(長男)が徳川方で戦った。徳川(二代目将軍)家忠は上田城で昌幸・幸村父子に抗戦され関が原の戦いに間に合わず父家康より叱責されている。 大阪の陣では蟄居先の九度山から出陣して、出城真田丸(現・真田山)にて徳川方を大いに悩ませた。

松代藩は佐久間象山等を擁して文武をすすめ、文武学校を建設。約150年前の建物はほぼ完全な形で残っている。

文武学校内建物の棟瓦に六連銭。

松代藩武家屋敷(江戸時代末期)

重要文化財指定、旧横田家住宅

善光寺

真田信之が造らせた松代藩鐘楼。
佐久間象山が日本初の電信機の実験に自分の居館から電線を張り成功したといわれている。

太平洋戦争の遺跡
象山地下壕。第二次大戦末期軍部が極秘に大本営、政府機関を移すつもりで、舞鶴山・皆神山・象山に地下壕を掘った。象山地下壕は6,000m弱有り一部を公開している。舞鶴山地下壕は気象庁精密地震観測室となっている。

日本において仏教が諸宗派に分かれる以前からの寺であることから、宗派の別なく宿願が可能な霊場と位置づけられている。本尊は阿弥陀三尊像で、武田信玄が川中島の合戦で焼失を懸念し現在の地に開基したのが始まりとされている。

無宗派(全宗派の本山)の絶対秘仏を本尊とする。

御百度参りの計算機。

軽井沢 見晴台

旧碓氷峠の見晴台にある長野県と群馬県の県境標。

浅間山

ギザギザの妙義山

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