『 ウミノユメ・ヤマノユメ 』

     

     

    てんぐやま2011 秋

     

    このところ藍天狗は月に一度、山ふたつほど越えた先の紅天狗の友達の
    ところへお菓子の作り方を習いに通っています。
    彼女はニンゲン(たぶん)。
    ただ、藍天狗が紅天狗とセンセイと一緒に参加した彼女の家の宴で、
    集まったニンゲンタチ(おそらく)の中で一番小さなヒトが小さな青い柿の実を
    鼻の頭につけていたようなつけていなかったような、そのあたりがよく
    わからないのだけれど、お教室で習うお菓子はそれはそれはおいしいので
    この頃の紅天狗はお茶の時間用のお菓子作りはすっかり藍天狗に任せています。

     

       



    その朝、藍天狗は紫天狗をさがしていました。
    今日あたり彼の作業着のポケットに栗が入っていたらちょっと拝借して、

    栗に笊いっぱいに増殖してもらって秋のお菓子の練習をしたいなぁと思ったのでした。
    でも、いないなぁ。


    その頃、紫天狗は九十九池のほとりにいました、手には水の滴る手紙を持って。
    朝一番に海からこの山まで郵便を届けに来たとびうお氏は
    九十九池の真ん中辺りでのんびり浮かんでいましたが、そろそろ海に向けて
    出発の時刻が迫っているらしく、軽く「ひれ」を広げウォーミングアップを
    しながら紫天狗に「お返事はありますか?」と聞いています。
    海から来た手紙は特別な水母文字で書かれていて、宛名の人以外の人が覗いても
    水の揺らめきが見えるだけ。

    熱心に水母文字を読んでいた紫天狗が、

    「返事は今日はございません、よろしくとのみお伝えを。」

    と丁寧にお辞儀をしながら答えると、郵便屋の帽子をかぶった魚は紫天狗に

    負けないほど深々と礼をして、九十九池に潜ったかと思うと、すぽーんと水面から

    飛び出し一直線に海へ戻って行きました。
    ようやく紫天狗を見つけた藍天狗はとびうお氏の美しい仕事っぷりに見とれてしまい、

    「あ、そうだ、栗。」と思ったときにはもう紫天狗はそこにはいませんでした。

    「栗がねぇ、手に入らなかったよ。」

    と藍天狗が残念そうなので紅天狗が久しぶりに小さなお菓子を作ることにしたのは
    その日の午後のこと。

    今日のお昼には紫天狗は食事にもお昼寝にも来ませんでした。
    (来たらこそこそっと・・・と紅天狗も藍天狗も思っていたのですが)

     

     

     

     

     


    もうすぐお茶の時間という頃、紅天狗がちょっとの玉子とバターと粉でぽぽんと焼いた

    金色の菓子を網の上で冷ましていると、なにやら嬉しそうな顔をした紫天狗が

    ばたばたとやってきて、今出来たばかりの菓子の上に手を出して、紅天狗に

     

    「もうちょっと待ちなさい」

     

    と叱られました。

    叱られて首をすくめた紫天狗はポケットから小瓶を出し棚に置くとチェシャ猫のような

    顔をして自分の部屋に戻っていきました。

     


    三時、紅天狗が程よくさめた菓子の前で頭を抱えています。

    「マドレーヌのつもりだったのに、この匂いは何?焼きたては普通だったのに。」

    お茶に集まってきた大きな天狗たちはそれでもこれはこれで美味そうだと
    その不思議な香りの小さな菓子をつまみました。
    とたんに誰もが体がほかほかしてきて、急に嬉しくなったて笑ったり歌ったり。
    菊天狗と並んでいる罰天狗がふぉっふぉっふぉっと笑いながら、

    「まだ光らないはずだが、この感じは・・・ユメノタマゴダケ?」

    と紅天狗に聞くのだけれど、紅天狗も「わかりませーん♪」と笑うばかり、歌うばかり。
    藍天狗もセンセイもセンセイの猫まで踊っています。
    その日はいつもより格段陽気な藍天狗のチューバが夜を呼び、皆が眠りに
    つくまでこのタノシイキブンは続いたのでした。
    いつのまにかやってきた紫天狗は入り口の脇で「成功成功!」とお菓子を食べても

    いないのに小躍りしていました。


    その次の日から、紫天狗の棚の上には『ヤマノユメ』と書いたラベルが貼られた

    一見空っぽの瓶が何本も並び、そこで夜毎に淡い光を放っています。
    そして四季を問わずちょっと風邪っぽい小さな天狗や元気の出なくなってしまった
    大きな天狗が時折少しだけの「それ」をもらいに来るのです。



                           

     

     

     


    「ええっと、ぜ・ん・りゃ・く」

    海へ行く鳶便を頼んだ紫天狗は海の彼方のどこかへ行ったまま
    なかなか帰ってこない海天狗宛のメッセージを思案中。
    鳶がぐるぐるともういいでしょうというほど回ってようやく預かった荷物には
    割れ物注意のシールと一緒にこんな手紙がついていました。



    『前略、海天狗さま、ウミノユメのレシピありがとうございます。
                  ぜひヤマノユメもおためしください。草々』



    ところで、今月も山ふたつ越えてお菓子を習いに行った藍天狗の鞄の中には
    どこかの棚で見たことのある小瓶が入っていて、その日の山向うの村は

    それはそれはにぎやかでしたとさ。

     

               『ウミノユメ・ヤマノユメ』 おしまい

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    『 空の釣り人 』

     

     

    てんぐやま2011

     

     

    藍天狗が書庫に入ったまま出てこない。
    紅天狗が声をかけても本から顔を上げない。

    「お茶、入ったよ。」

    藍天狗は今読んでいるページを手のひらで隠されてようやく顔を上げ、
    テーブルについたのですが、なんだかぼんやりしていて空っぽのカップから

    お茶を飲もうとしています。そんな藍天狗を紅天狗は

    「すっかりあの本にはまり込んでるのねぇ。」

    と笑いました。
    この前から書庫のテーブルの上に無造作に置かれている本。
    夜空の色の表紙のハンターと竜のお話。
    誰がおいたのだろう、誰の書いたお話だろう。



    ////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////

    草原に一人の青年が寝ていた。大きな笠で顔は隠れているが、
    歳は15前後と思われる。
    その隣に、この場にはあまりにも奇怪なものが据えられていた。
    釣竿が一本、空に伸びている。
    糸は空に向かって垂れ、雲の中に消えていた、先端は見えない。
    時は飛竜繁栄時代。天地を竜が支配する時代に、青年は
    隠れるものも無い草原の真ん中で、スヤスヤと眠っていた。
    青年の名はクーリャン。この歳ですでにハンターの資格を持ち、
    仲間内では「小生意気なクソガキハンター」と名が通っていた。
    対竜を目的としたギルドハンター「ドラゴンハンター」である。
    竿の中腹に付いた小鈴が鳴り、クーリャンに何かを知らせていた。
    クーリャンは大きく伸びをして起き上がると、鳴り響く鈴を竿から外して
    左耳に着け、竿を握ると思いっ切り振り降ろした。
    暫しの沈黙の後、空から巨大な何かが降ってくる。それは地響きと
    砂煙を立てて地面に落ちた。

    「よしっ、捕獲成功」

    クーリャンは幼い子供のように飛び跳ね、土煙の周りをクルリと回る。
    土煙の中から出てきたのは、気絶した空の覇者、飛竜だった。
    真っ赤な鱗に覆われ、まるで全身が炎に包まれているかのような、
    火竜種の成竜・・・・・・

     

    ////////////////////////////////////////////////////



    「ねえねえ、あの本、あれでおしまい?続きは無いのかなぁ。誰が書いたの?」

    例の本を読み終えた藍天狗は先日のお茶の時間とは打ってかわったお喋りで、
    書庫の片付け担当の紅天狗を質問攻め。
    紅茶といっしょに藍天狗の作った上出来のかぼちゃのマフィンを食べながら
    黙って聞いていた罰天狗は、

    「そろそろ本人が昼寝から覚めて仕事に戻る頃だから、きいてみりゃいいんじゃ

    ないかな。ただ、この頃ますます忙しそうだから続きはなかなかだろうなぁ。」

    と、ぽつり。
    昼寝?昼寝中?今昼寝中って、


    「うぉぉぉぉーーー、寝過ごしたーーーーーー!!!!!」


    家中をガタガタいわせて、ポケットに栗を入れた白い仕事着が大慌てで走っていきましたとさ。


                      



     

     

     

     

    『 空の釣り人 』 了

     

     

     

     

     

     

     

     


    //// おまけ・藍天狗の読んだお話 /////////////////////////////////////////



    1空の釣り人( スカイ・フィッシャー)   狩


    草原に一人の青年が寝ていた。大きな笠で顔は隠れているが、
    歳は15前後と思われる。
    その隣に、この場にはあまりにも奇怪なものが据えられていた。
    釣竿が一本、空に伸びている。
    糸は空に向かって垂れ、雲の中に消えていた、先端は見えない。
    時は飛竜繁栄時代。天地を竜が支配する時代に、青年は
    隠れるものも無い草原の真ん中で、スヤスヤと眠っていた。
    青年の名はクーリャン。この歳ですでにハンターの資格を持ち、
    仲間内では「小生意気なクソガキハンター」と名が通っていた。
    対竜を目的としたギルドハンター「ドラゴンハンター」である。
    竿の中腹に付いた小鈴が鳴り、クーリャンに何かを知らせていた。
    クーリャンは大きく伸びをして起き上がると、鳴り響く鈴を竿から外して
    左耳に着け、竿を握ると思いっ切り振り降ろした。
    暫しの沈黙の後、空から巨大な何かが降ってくる。それは地響きと
    砂煙を立てて地面に落ちた。

    「よしっ、捕獲成功」

    クーリャンは幼い子供のように飛び跳ね、土煙の周りをクルリと回る。
    土煙の中から出てきたのは、気絶した空の覇者、飛竜だった。
    真っ赤な鱗に覆われ、まるで全身が炎に包まれているかのような、
    火竜種の成竜。

    「ちょっと若いかな?  成竜に変わりはないか」

    火竜の甲殻を叩き、強度を確認する。固く、金属の様な音がした。
    笠の付いた竿をしまい、狼煙を上げ、回収班を待つクーリャン。
    その一部始終を見ていた少女が、後ろからクーリャンに近づき飛び付いた。

    「!?」

    その衝撃で、カバンから取り出した生肉を落としそうになる。

    「お兄ちゃん、ハンター?  飛竜を落としちゃうなんて凄いね!!」

    「??」

    クーリャンは焼こうとしていた骨付き肉を両手に、頭を左右に振り
    後ろの少女の姿を確認しようとする。しかし少女はクーリャンの服を
    しっかり掴み、離れようとしない。クーリャンは肉を地面に刺し、
    空いた手で後ろの少女を引き剥がした。

    「君、誰?」

    「私ニーニャ、すぐそこの村に住んでるの。お兄ちゃんハンター?」

    「僕?  僕は一応ハンターだよ」

    「一応?」

    ニーニャはクーリャンの横に座り、首を傾げた。

    「なんで一応なの?」

    「竜専門なんだ」

    「へぇ。この竜は村の近くに棲んでて、よく村を荒らしに来るの」

    ニーニャは立ち上がり、火竜の前に屈み込む。

    「死んじゃったの?」

    「いいや、死んでないよ、気絶してるだけ。だから近づくと危ないよ」

    肉を回しながら、クーリャンはニーニャを見る。
    こんな危険な所に、しかも一人で来させるなんて、親の気が知れない。
    ニーニャは再び立ち上がり、クーリャンの前に再び屈み込む。

    「ねぇ、お兄ちゃん。もう一匹は?」

    「もう一匹いるのかい?」

    「うん。ここの竜は雄と雌の二匹がいるって、叔父ちゃんが言ってた」

    「じゃあこれは雄かな」

    「なんで分かるの?」

    「翼の形、尾の棘の長さと太さ。頭殻の付き方や角の形とか、色々あるよ」

    「・・・・・・分かんない」

    「僕も分からなかった」

    焼けた肉を持ち上げ、焼き加減を確認する。非常にこんがり焼け、
    芳ばしい香りが漂う。

    「食べるかい?」

    「いらない。お家で食べて来た」

    「そう」

    刺して置いたもう一つの肉をカバンにしまい、焼き上がったこんがり肉に喰らいつく。


    しばらくして、迷彩柄の服を着た人が数人、クーリャンの仕留めた火竜を
    車に乗せて去って行った。

    「あれ、どうするの?」

    「知らないよ。殺しはしないはずだけど・・・・・・」

    クーリャンは途中で話を止め、ニーニャにゆっくり近づいて、もう一本の
    釣竿を手にする。クーリャンの肉の匂いに誘われて、青い小型の肉食竜が
    集団で現れた。

    「どうしたの?」

    「静かに、動かないで。アウギスがいる」

    翼を持たないが、飛竜に属するアウギス。鋭い爪と素早いフットワークが特徴の
    二足歩行の竜。数は多いが臆病で、首領を狩れば一目散に逃げて行く。

    「どれがボスかなぁ」

    数は六匹。その中でも特に体が大きく、立派な爪を持つアウギスが一匹。
    アイツか・・・・・・。
    クーリャンは竿を伸ばして重石を振るう。先程火竜を釣り落とした竿と違い、
    先端には大人の拳大ほどあるの竜針と、同じくらい大きな重石が付いていた。
    その竿を横にし、スナップを効かせて振るう。重石が付いたそれはそのままの
    勢いで低く飛び、ボスアウギスの足に巻き付いた。
    『キヤ!?』足に巻き付いた異物に気づき、アウギスは奇声を上げて後ろに飛び退く。
    それに合わせて、クーリャンは釣竿を引いた。
    『ゥギャウ!!』ボスアウギスは足を掬われて倒れ、起き上がろうともがく。
    それを引き寄せ、鋭い竿先でボスアウギスの胸元を突き刺した。
    『ギャ・・・・・・ウギャギゥ・・・・・・ギッ・・・・・・クゥ』
    竿先が巧く心臓を貫いたらしく、ボスアウギスの息は静かに止まった。
    辺りにいたアウギスたちはよろめき、散々に逃げて行く。

    「よかった、何もされなくて」

    慣れた竿使いで糸をほどき、竿をしまう。

    「で、なんの話だっけ?」

    クーリャンはニーニャに振り返り、微笑んだ。




    クーリャンはニーニャの住む村にいた。大した機械もなく、河のせせらぎと
    子供の笑い声が響く。

    「静かな村だね」

    「そう?」

    「うん、とても静かだ」

    自らに向けられる異質な目線を些か気にしながら、クーリャンは辺り全体を
    見渡す。火竜の爪や火炎の痕が、いたる所に見られた。その中には、新しい
    ものもいくつかあった。

    「最近また襲われたようだね」

    「そうなの、五日前よ」

    五日前。それは丁度、クーリャンの属するギルドに依頼が来た日だ。

    「お兄ちゃんは今から、村長に会って話を聞いてもらわなきゃ」

    ニーニャはクーリャンの腕を引っ張る。強引に連れ込まれた家は、
    他より大きく立派で、多少の威厳も伺えた。

    「村長、ギルドから来たハンターさんだよ」

    「来たか、ハンター殿」

    村長と呼ばれた人はニーニャよりも小柄で、顔は皺だらけで梅干しの様。

    「私がこの村の村長です。早速ですが最近、火竜達の襲撃が頻繁になり、
     困っているのです」

    竿を壁に立掛け、村長に一礼して、クーリャンは前に出た。

    「ええ、最近も襲われた様ですね」

    「はい。どうやら繁殖期らしく、家畜や作物が荒らされ、挙げ句の果てには
     民たちまで犠牲に・・・・・・。どうか火竜たちを退治してください」

    「それなら大丈夫だよ」

    ニーニャは満面の笑顔を見せ、クーリャンに抱きついた。

    「お兄ちゃんはもう、火竜を一匹倒したんだよ」

    「あの火竜を、一人でですか!?」

    「捕獲ですけどね」

    クーリャンの見た目と実力の差に、村長は驚きを隠せなかった。

    「人手が必要かと思いましたが・・・・・・」

    「大丈夫です。一人でなんとかしますから」

    「なんと逞しい・・・・・・」

    村長は泣きそうな声で呟き、後ろから地図を取り出し開く。

    「この辺りの地図です。そしてこれが、彼らの縄張り巡回の行路です」

    地図の上に、赤い矢印が円を描いている。

    「毎日早朝と夕方に、この行路を巡回します」

    「じゃあ、巣はこの辺りですね」

    クーリャンは円の中心を指差した。

    「そこは森の奥にある、崖の辺りですな」

    「道案内を頼みます。場所さえ分かれば、後は僕がやります」

    「案内には村の若い男衆を向かわせます」

    「一人でいいですよ」

    「じゃあ、私が行く!!」

    クーリャンにしがみついたまま、ニーニャは飛び跳ねる。

    「ニーニャは危ないから、家の人とここにいてね」

    「・・・・・・いないもん」

    急にニーニャの表情が暗くなる。

    「ニーニャ?」

    「お父さんもお母さんも死んじゃって、もういないんだもん!!」

    ニーニャは涙を流し、クーリャンの服の裾を強く握り締めた。

    「この前の襲撃で、火竜の炎に家ごと焼かれてしまったんです」

    「それは・・・・・・知らなかった」

    クーリャンは申し訳無さそうに頭を垂れる。ニーニャのその明るさから、
    両親の死に対する深い悲しみが伺えなかった。

    「ごめん、ニーニャ」

    「・・・・・・」

    ニーニャはうつ向いたまま答えない。

    「これ、ニーニャ!」

    「いいですよ、悪いのは僕です」

    クーリャンは竿を取り、外に出た、村長もその後に続く。

    「すぐに出発します。案内の人にも危険を感じたらすぐ逃げるように、
     伝えて下さい」

    「はい、分かりました・・・・・・しかし、今まで村にまで来ることは
     無かったのに、いったいなぜ?」

    無言のまま外に出たクーリャンは、辺りを見回しながら歩き出す。
    家には無数の傷痕や焼け焦げ、周辺の木々も同じような感じ。
    これ以上、こんな惨状を増やしたく無かった。

    「これは捕獲なんて生温いこと、言ってられないかもな・・・・・・」

    村の悲惨な姿からは、火竜の強さと獰猛さが見て取れた。先は
    不意打ちだったが、正面からになれば勝ち目は薄い。

    「できれば殺したくないけど・・・・・・これを使わないに越したことはないか」

    糸の先に付いた大きな重石を擦りながら、クーリャンはニーニャの姿を
    思い出す。辛さに耐え、笑っていたニーニャ。火竜にどれほどの
    強い恨みを、抱いているだろう。
    ハンターとしてより、一人の人間として、クーリャンはこの仕事を続けている
    つもりだ。ニーニャの悲しみを、これから起こるであろう悲劇を増やさない
    ため、クーリャンは深い森丘へと歩み出した。




    2空の釣り人( スカイ・フィッシャー)   魂


     深く暗い、化け物が出そうな昼間の森丘。その深部にある高い崖を
    見上げ、クーリャンは笠竿を取り出した。

    「ありがとう、もう結構です。後は一人でできますから」

    案内をしてくれた男性を労い、帰村を促す。しかし男性は、恐れながらも
    躊躇い、その場に止まった。

    「しかし・・・・・・やはり人手が必要でしょう」

    「いいえ、貴方達を危険に晒すわけにはいきません。その為に私達、
     ハンターがいるんですから」

    クーリャンはにっこり笑い、竿を伸ばす。

    「終わったら狼煙を上げます。それまで森に入るのは避けてください」

    「・・・・・・分かりました。どうかご無事で」

    男性は礼をし、クーリャンの前から姿を消した。男性が見えなくなったのを
    確認し、クーリャンは竿を振るう。笠の付いた竜針糸は上昇気流に乗り、
    ドンドン崖を登って行く。

    「・・・・・・この辺かな?」

    しばらくして、クーリャンは竿を小さく振る。延び続けていた糸が止まり、
    動かなくなった。竜針が崖に引っ掛かり、しっかりと刺さって固定
    されている。今度は竿を少し引く。延びている糸が巻かれ、
    クーリャンの体が崖を登り始めた。逆釣状態で上まで登り、竜針を
    外して更に上を見る。まだ崖が続いていた。

    「巣はまだ上かな?」

    辺りに巣らしき物は見当たらない。今クーリャンがいる場所も
    十分に高い。下から見上げれば雲に隠れ、姿は微塵も見えないだろう。
    クーリャンは再び竿を振るった。
    その時、辺りが急に暗くなり、風が出てきた。不穏に思い振り返ると、
    巨大な火竜が羽ばたき、異質な侵入者を睨んでいた。口から僅かに
    吹き出る火炎は、火竜の激しい怒りを表し、それがいつクーリャンに
    放たれてもおかしくなかった。

    「マッズッ・・・・・・」

    竿を小さく振るい竜針が掛った事を確認すると、クーリャンは躊躇無く
    崖を飛び降りた。
    『ギァァァァ!!』火竜は火を吐きながら、クーリャンの後を追ってくる。
    間一髪崖を蹴り、火炎を避けた。クーリャンの綺麗な黒髪が少し焦げ、
    崖は紅く溶ける。一撃喰らえば致命傷は避けられない。
    おかしい、今のは雄だった。ここにいるのは雌雄一頭ずつのはず、
    それに奴の怒りよう。まだ巣は遠いのに、すでに威嚇ではないような・・・。
    クーリャンは上を見る。火竜は猛速で後を追って来ていた。再び
    吐き出された火炎を避けながら、重石竿を取り出し、振るう。それは
    火炎を突抜け、雄火炎の眉間を強打した。
    『グギァァゥゥ!!』雄火炎は不意打ちによろめき、片翼を岩にぶつけて
    墜ちて行く。クーリャンが地面に足を着けたと同時に、雄火竜が
    墜落してくる。舞い上がる土煙を見ながら、クーリャンは笠竿をしまい、
    重石を擦る。

    「あれは確かに雄だった、でもコイツも雄だ。なんで雄が二頭も・・・・・・」

    重石竿をしまおうとした時、土煙の中から火炎が飛び出し、クーリャンの
    体を吹き飛ばした。

    「グッ・・・・・・!」

    予期せぬ攻撃に、クーリャンは受け身を失敗し、地面に強く叩きつけられる。
    『ギァァァァ!!』雄火炎は炎のような翼を大きく広げて咆哮し、再び火炎を放つ。

    「っ!!」

    バランスを崩し、体勢の立て直しが遅れたクーリャンは、火竜の火炎を
    避けることができなかった。
    辛うじて竿で防いだが、勢いと熱は防ぎきれずに再び弾き飛ばされ
    すぐ近くを流れる河に叩き込まれた。
    冷たい水が焼ける体を冷やし、クーリャンに冷静さを取り戻させる。
    あの火竜は最初の奴より老いていた。ニーニャの叔父が雌雄二頭だと
    言ったのなら、実際にいるのはおそらく三頭。最初の火竜が奴の子だと
    すれば、奴の怒りも解る。繁殖期なら雌は巣に居続けるはず、雌も
    動き出すだろう。殺るなら今しかない。
    クーリャンは重石竿を強く握り締め、力を込めて振るう。細い竿先は
    水の抵抗をほとんど受けず、重石を水の外に送り出し、水上で今や遅しと
    待つ雄火竜の頬をかすめて翼に絡み付く。
    『グギァ!?』片翼の自由を奪われ、雄火竜は河に墜ちる。その隙に
    クーリャンは陸に上がり息を調え、竿を構えた。雄火竜が墜ちた事により
    水は濁り、水面は沸騰し蒸気が立ち上る。視界はほとんどゼロと言っても
    過言ではない。しかしクーリャンは、水中であがく雄火竜の姿をしっかり捉え、
    そしてその雄火竜の口めがけ、重石竿を振るう。竜針が口に入ったのを
    確認し、クーリャンは力一杯引き上げた。多少荒がいながらも引き揚げ
    られた雄火竜は、飲み込んだ水を吐き出してクーリャンを睨む。
    『ギリゥァァァ!?』突然雄火竜は怯え、炎のような身を震わせる。
    クーリャンが重石竿を振り回していた。しかし、今までとは様子が違う。
    重石は鉄色から水晶のように蒼く澄み、赤黒い雷を放っている。雄火竜は
    これに怯えていた。

    「できれば使いたくなかったよ、君みたいな下等で滑稽な竜にはね・・・・・・」

    クーリャンの印象も、少し変わってくる。
    明るく無邪気な気配は全く無く、変わりに暗黒の怒りが滲み出ている。

    「でも、使わない事には僕の気が治まらない。僕の怒りは貴様の命と
     一族を消すまで続くだろう」

    竿先を空に向ける。重石は天高く上り、赤黒い雷を雄火竜に落とした。
    『グギァァァァァァ!!』その時、雄火竜が見たもの。黒い髪は紅く変わり、
    その怒りを表すかのような鋭い目付きをしたクーリャン。クーリャンは
    竿先を下ろし、雄火竜に向けた。

    「貴様の命は・・・・・・何色に燃えている?」

    不敵な笑みの次の瞬間、赤黒い雷を放つ重石が、雄火竜の堅い頭殻を
    叩き割った。
    『クッ・・・・・・カァウゥゥ・・・・・・』雄火竜は一声も上げずに倒れ込み、
    二度と動かなくなった。
    絶命した雄火竜を一蹴して、クーリャンは竿をしまい、崖を見上げる。
    遥か空に突き刺さるそれを、突然クーリャンは笠竿を使わず登り出す。
    身軽く、岩から岩に跳び移り、雲を突抜け、頂上が見えてきた時。
    頂上より少し低い所に、横穴を発見した。

    「・・・・・・よし」

    竿を構え、横穴に忍び寄る。物音や気配はしない。クーリャンは大きく
    息を吸い、一気に中に入る。

    「・・・・・・!?」

    そこに居たのは、血を流して苦しみながらも、卵を温め続ける雌火竜の
    憐れもない姿だった。

    「・・・・・・これは、人の付けた傷じゃない」

    巨大な爪痕、恐らく雄火竜によるものだろう。

    「まさか・・・・・・」

    もう一つの可能性。二頭の雄火竜は無関係で、最初の雄火竜とこの
    雌火竜が夫婦だとすれば、さっきの雄火竜は自分の縄張りを荒らされて
    怒っていたと推測できる。そしてその雄火竜がこの雌火竜を傷つけ、
    その挙げ句村を襲った。

    「可能性は・・・・・・十分に有りだな」

    紅々と揺れる髪が黒くなり、いつものクーリャンに戻る。重石竿を
    しまい、雌火竜に近付く。弱っているせいか、雌火竜は少しも動こうと
    しない。もしくは、今のクーリャンに攻撃意欲が無いことを、理解して
    いるのかもしれない。
    クーリャンは優しく、雌火竜の頭を撫でる。

    「ごめんな、お前たちが悪いんじゃ無いよな。お前はよく雄火竜の
     攻撃に耐えたよ、おかげで卵は傷一つ無い。お前は最高の母親だ」

    クーリャンに撫でられながら、雌火竜は静かに息を引き取った。
    途端に卵が揺れ動き、孵化が始まる。大きなヒビが入り、真っ白な
    幼竜が顔を出してクーリャンの姿を黙視した。『クゥゥゥ?』

    「あっ・・・・・・しまった」

    動物の特性の一つ、初めて見た者を親とする。
    クーリャンは親と思われてしまったらしく、幼竜は徐々に近付いてきた。

    「しまったぁ・・・・・・」

    『クゥゥゥ』まだ体色も定まらない幼竜は、小さな体を必死にクーリャンの
    足に擦り寄せて鳴く。

    「・・・・・・」

    『クゥゥゥゥゥ』

    「・・・・・・」

    『クゥゥゥゥゥ!!』

    「・・・・・・ハァ」

    クーリャンは大きな溜め息を吐き、幼竜を抱き上げた。

    「仕方ないよな、一応僕の責任だし」

    『クゥゥゥ』

    「降りよう。もう仕事は終わったし、村長やニーニャに報告しないと」

    横穴から外に出て、竿を取り出し竜針を岩に引っ掛けると、クーリャンは
    崖を飛び降りる。

    「お前の名前、どうしようか?」

    『クゥゥゥ?』

    「・・・・・・帰ってニルと兄貴に相談するか」

    地に降りたクーリャンは枝を集め、火を点け狼煙を上げた。




      その後・・・・・・。

    「さすがはハンター殿。あの獰猛な火竜を、三頭も狩ってしまうとは。」

    村長は感嘆の涙を流し、震える手でクーリャンの手を握った。

    「実際手を下したのは雄の二頭だけで、雌には何もしていませんが」

    「それでも火竜を討伐した事に変わりはありません。なんとお礼を
     したらいいか・・・・・・どうか、今宵の宴に参加してください」

    「いいえ、夕刻には迎えが来るはずなので、それで帰ります。ところで
     ニーニャはどこに?」

    辺りを見渡す。ニーニャの姿はない。

    「多分両親の墓でしょう。私の家の裏です」

    「分かりました」

    クーリャンは村長の家の裏に周る。ニーニャが二つの岩の前で、手を
    合わせていた。

    「それが、ご両親のお墓かい?」

    「うん」

    ニーニャは立ち上がり、溢れていた涙を拭う。

    「お兄ちゃん、ありがとう!!」

    振り返り、悲しげに笑いながら、ニーニャは再び涙を溢した・・・・・・。






    3空の釣り人( スカイ・フィッシャー)   川


    静かに揺れる馬車。ギルドがハンターの移動用に運営しているものだ。
    そこには、ついさっき狩りを終えたハンター達が乗っていた。

    「さすがに討伐は無理であったか」

    漆黒の毛皮を纏った『煌めきの獅子』アゴンは、正面に座る
    白髪の青年に話しかける。

    「撃退でも十分さ、相手が岳山竜じゃ仕方ない」

    アゴンの言葉に、正面に座る『白童竜人』シャルルは笑った。
    二人はベテランのドラゴンハンターで、まだ歳若くしてかなりの
    場数を踏んで来ている。シャルルは横の幼い火竜カルートを
    抱えて眠る少年を見つめ、微笑んだ。

    「ニルヴァーナもよく戦った」

    シャルルとニルヴァーナはハンターの師弟である。まだ幼く、
    シャルルとは違い髪が黒い。

    「カルートの炎も役に立ったし。クーリャン、お前は
     いい相棒を持ったな」

    斜向かいで竿に付いた大きな重石を擦る黒髪の青年に向き、
    シャルルは話しかけた。シャルル、クーリャン、ニルヴァーナの
    三人は兄弟であり、共に戦う同胞でもある。

    「まだ幼いのに、よくあんな炎を吐ける。育てがいいのか、
     環境がいいのか」

    「いや、突発的に吐けたんだと思うよ」

    「つまり・・・・・・偶然ということか?」

    「まぁ、僕らの力の発動と同じかな。何せまだ連続では吐けないんだ」

    「まだ器官は未熟なのだろう、クーリャンの言うことにも一理ある」

    アゴンは両の腕に着けた鉄甲を撃ち合わせ、カチャンと小さな
    音を立てた。

    「我々の力は自らの生命の危機により発動する。カルートも
     生きるために力が必要となったのだろう」

    「つまり、お前はカルートを何かしらの危険に放り込んだのか・・・」

    シャルルはクーリャンを睨む。目が据わっていた。

    「それでも親か?」

    「同感だ」

    「うっ・・・・・・だって、仕方ないだろ。コイツが勝手に・・・・・・」

    クーリャンはカルートを指差した。本来紅い火竜の体殻は
    まだ白く、ニルヴァーナが抱ける程小さい。

    「コイツが勝手に僕から離れたのが悪い!!」

    あの時、クーリャンは本気で焦ったのだ・・・・・・。



    その日、クーリャンとカルートは密林の川辺りを歩いていた。
    仕事ではなく、休養と食糧調達を兼ね、川釣りをしに来たのだ。
    竿は笠を取った傘竿のみ。クーリャンは竿を振り、疑似餌の
    付いた針糸を川に投げ入れた。

    「さて、何が釣れるか・・・おいコラ、ちょっと待てカルート、
     水面を飛ぶな。魚が逃げるだろ」

    カルートは水面ギリギリをホバーし、水中の魚を覗き込んでいる。

    『クィィィィ?』

    「あんまり覗き込むと、水に落ちるぞ」

    クーリャンは冗談で言ったつもりだったが、カルートはバランスを
    崩し、水没した。
    『キィィィィィィ!?』カルートは初めての出来事で、混乱混ざりに
    水面を叩く。

    「ほら、言わんこっちゃない。そんなに水を叩くと、水竜が
     寄って来るぞ」

    そう言い放った途端、巨大な水竜がカルートを飲み込み、波紋を
    残して姿を消した。

    「・・・・・・・・・・・・!!  カルゥートォ!?」

    クーリャンは竿をしまうと、川に飛込んだ。澄んだ川には無数の
    小魚が游ぎ、それを追う大中の魚の群れ。その中で一際大きな
    水竜が、川を下っていた。
    海に出る気か?  その前にカルートを助けないと。
    クーリャンは陸に上がると、全力で川を下る。しかし、問題が
    発生していた。今所持している竿では水竜を釣る事は容易で無い、
    よって水竜を陸に上げられないため、相手にかなり有利となる。
    水竜を水中から引きずり出さねば、現状勝ち目は万に一つも無い。
    クソッ!!  何か使える物は・・・・・・。
    クーリャンは辺りを見渡す。とあるキノコが目に止まった。

    「あれは確か・・・・・・キバクダケ」

    赤くいかにも食用ではないそれは、強い衝撃を与えると破裂する。

    「・・・・・・!!」

    何を思ったか、クーリャンはそれを摘み取り、何かを探して駆け出す。
    生い茂る熱帯林を抜け、アウギスを発見すると、クーリャンは
    容赦なく突き殺し、その喉から喉笛を引き千切るとキバクダケを
    詰め込む。水竜は背ビレを水上に突き出し、尚も川を下った。
    クーリャンはキバクダケの詰まったアウギスの喉笛を針糸に
    結び付ける。

    「コラァ、このクソ水竜ヤロゥ!!」

    クーリャンは竿を構え、勢いをつけた。

    「コイツを喰らえぇ!!」

    勢いのまま竿を振るう、喉笛の付いた針糸は見事に水竜の目の前に
    落ちた。着水の衝撃でキバクダケが破裂し、アウギスの喉笛は
    高周波を発した。
    『ウジャァァァウ!!』敏感な水竜は悲鳴のような声を上げ、水から撥ね上がる。
    クーリャンは竿を翻し、水竜の口に針を入れると一気に引き上げた。
    『ウジャァァァァ!?』あまりの驚きに宙を舞った水竜は見かけより容易く
    引き揚げられ、横倒れで撥ねる。しかしすぐに起き上がり、クーリャンを
    睨みつけた。『ジギャァァァァ!!』

    「うっせぇ、カルートを返せバカッ!!」

    近くにいたアウギスを釣り上げ、それで水竜の頬を殴る。アウギスは
    一撃で気絶したが、水竜には然程ダメージは無かった。
    『ジャァァァァァ!!』水竜は咆哮し、大きく胸を張る。
    「!!」クーリャンは危険を察知し横に跳ぶ。水竜の口から鋭い水が
    噴き出された。

    「ヤバッ・・・・・・」

    余程の圧がかかっていたのか、地面は割け、クーリャンの後ろにいた
    アウギスの体は二つに分かれる。
    『ジャァァァァァ!!』水竜は再び胸を張る。クーリャンは竿を振り上げ、
    水竜の顎にアウギスをぶつけた。
    『ウギゥ!?』口を無理矢理閉じられ、水竜はよろめく。しかし目の色が
    変わり、口から圧水を乱射しだす。だが、クーリャンを狙っている
    わけでは無いらしい。闇雲に乱射し、辺りを切り裂いていく。

    「なっ、なんだ!?・・・・・・あっ!!」

    クーリャンは自分の行動を思い返す。

    「しまった、顎!!」

    そこは一番攻撃してはいけない部位である。竜の顎には他とは
    逆さまに付いた鱗、通称『逆鱗』がある。それは竜が触れられることを
    最も嫌う部位であり、触れた者は確実に死ぬと称される、最も危険な部位。

    「しまった・・・・・・やっちゃった、かも」

    圧水を避け、バージストの足元に潜り込んで逆鱗を確認する。

    「うわっ・・・・・・」

    逆鱗は見事に砕け、血が滴っていた。しかし水竜は構いもせず、
    クーリャンを蹴り飛ばす。

    「痛っ!!」

    偶然足に当たっただけらしく、大したダメージは無かった。
    『ジャァァァァァ!!』段々と圧水が的を射始める。クーリャンはただ
    避けることしかできず、息が上がり始める。まるでそれを見計らった
    ように、水竜は川に飛び込み姿を消した。

    「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・クソッ、逃げられた」

    もし海に出られたら手の打ちようがない、何とかしてそれまでに
    カルートを助けなければ。フラつく足で早急に水竜を追おうとするクーリャン、
    その後ろから紅い双刀を背負った紫髪の少女が、背中を叩いた。

    「もしかして、クーリャン?」

    クーリャンの名を呼んだ少女は、クーリャンの服の汚れを見て
    すぐに状況を判断した。

    「狩りしてるの?」

    「狩り・・・・・・というより、救助っぽい」

    「仕事じゃないんでしょ。私がやるわ」

    「いや、目の前で飲まれたし。それに・・・・・・」

    クーリャンは少女の目を直視する。

    「大切な相棒なんだ」

    少女は顔を赤らめ、クーリャンから目をそらした。





    4空の釣り人( スカイ・フィッシャー)   海


    少女の紫髪がナビく。

    「わっ分かった、じゃあ手伝うわ」

    「うん、ありがとうミツカミ」

    ミツカミは耳まで赤くなる。クーリャンは首を傾げはしたが、
    何も言わなかった。

    「はっ早くしないと、水竜が海に出るわ。早く捕まえないと」

    川を下ろうとするミツカミは、どこか落ち着きがなく、緊張している
    様子だった。クーリャンはミツカミの背を軽く叩く。

    「大丈夫?」

    「うひやぁ!?」

    「!?」

    「あっいや、その・・・・・・驚かさないで」

    「??  ゴメン・・・・・・」

    クーリャンとミツカミは全速で川を下って行った。



    川の河口、海への入り口で、クーリャンは竿をいじっていた。

    「何してるの?」

    「竿をいじってる」

    「それは分かるわ」

    ミツカミはクーリャンの手元を覗き込む。針に生肉を付けている。

    「それでどうするの?」

    「釣る」

    「アレを釣るの!?」

    「釣る、釣るしかない。ここで助けないと、海に出られたらどうしようも
     無くなるから、ここで出来ることをする」

    クーリャンの瞳は覚悟を決め、それ故いつもよりも遥かに澄み渡って
    いた。その瞳を横から見たミツカミは、顔を赤らめ後ろを向く。

    「釣れなかったら、どうする気?」

    「釣る、絶対に」

    「・・・・・・そう、だったら・・・・・・」

    ミツカミは背負った紅い双刀を引き抜き、それを交差させて天を仰いだ。
    交差した双刀から紅い何かがほとばしり、まるで降り注ぐように
    ミツカミの体を包む。

    「私が奴の腹腸を、全部引きずり出すわ」

    まるで燃えているかのような紅い光がミツカミの周りに飛び散り、
    ミツカミに力を与えていく。

    「私も姉さんや義兄さんのように、最高のハンターになるの!」

    双刀を鞘に納めると、紅い光は静まった。

    「・・・僕は兄貴のようになりたいなんて、少しも思わないよ」

    生肉の付いた針を川に投げ込み、地面に突きしその場に座り込んだ。

    「兄貴は自由人だから、突然一人でフラッと出て行って、知らない
     うちに帰って来る。家にいるより外にいる時間の方が長い人だからなぁ」

    左耳の小鈴を竿に取り付けるとその場に寝転び、クーリャンは
    被った笠を顔に乗せて眠る。それを見たミツカミは、眉間にシワを寄せた。

    「釣る気あるの?」

    「大有りだよ」

    「じゃあ、なんで今寝るのよ!」

    「気配を消すため」

    「だからって寝ることは・・・・・・」

    「竜は動く物に敏感なんだよね。特に水竜は住家を大きく移動しないから、
     情景の変化にも敏感なんだ。色彩とかは分からないらしいけど」

    「・・・・・・」

    「君も寝たら?」

    「・・・・・・いい、止めておくわ」

    そう言いミツカミはクーリャンの隣に、膝を抱えて座り込む。クーリャンの
    静かな寝息を聞き、ミツカミは微笑んだ。まさか、またクーリャンに
    出会えるなんて思わなかった・・・。クーリャンの笠を静かに取り上げる。
    安らかな寝顔が現れた。

    「クーリャン、また会えてうれしいよ」

    クーリャンに笠を乗せ直そうとした途端、竿に付いた小鈴が鳴り響いた。

    「!?  クーリャン!!」

    ミツカミはクーリャンを揺すり起こす。

    「起きてるよ・・・・・・ねぇ、笠返してくれない?」

    「あっ、ゴメン」

    笠を被り直し、竿を力ずくで引き上げる。

    「あ゛あ゛ぁぁぁぁ!!」

    クーリャンの前髪が、若干紅く変化した。水飛沫を上げて、水竜が
    飛び出てくる。口にはキレイに針が掛っていた。
    『ウジャウ!?』釣り上げられた水竜は、あまりの衝撃に高く撥ね上がり、
    地鳴りと土埃を立てて暴れ回る。
    しかし、ミツカミは双刀を抜き、それを物ともせず水竜に斬りかかった。

    「ハアァァァァ!!」

    舞うように斬りかかる姿は、鬼の面を被った舞姫の様なきらびやかさ。
    水竜の体を覆う鱗が、ミツカミの動きに合わせて舞い散っていく。
    『グジャァァァァ!!』

    「てやっ!!」

    水竜が怯みフラついた瞬間を、クーリャンは見逃さなかった。
    大きく開いた片目を竿先で突く。
    『ビジャァァァァ!!』片目を潰された水竜は怒り、胸を大きく張った。

    「っ!?」

    「ミツカミ!!」

    クーリャンは竿を振り、針をミツカミの襟首に引っ掛けると、
    一気に引き上げる。
    ミツカミの体はクーリャンに引き寄せられ、圧水をヒラリとかわす。
    ミツカミはその勢いそのままクーリャンに突っ込んだ。

    「キャッ!?」

    「アダッ!!」

    顔面にミツカミのヒップアタックを喰らい、クーリャンはブッ倒れる。

    「クーリャン!?」

    「大丈夫・・・・・・大丈夫だから、無理はしないで」

    「えっ・・・・・・」

    「親友のカルートも大事だけど、君も大事だから」

    「えっ!?」

    ミツカミの顔が紅潮していく。

    「なっ何を言って・・・・・・」

    「傷付いて欲しくない、だって君は・・・・・・女の子だもん」

    「・・・・・・」

    『ジギャァァァァ!!』ミツカミを見失って辺りを見回していた水竜は、
    邪魔な樹を斬り払おうと胸を張った。

    「マズい。ミツカミ、早く退いて僕の後ろに!!」

    「ゴメン!!」

    ミツカミが飛び退き、起き上がったクーリャンは竿を盾に構える。
    防げる保証はないが、十分な強度と柔軟性を有した特注の竿だ。
    防げずとも威力の緩和くらいは出来るかもしれない。

    「頼む・・・・・・」

    しかし、クーリャンの予想に反した事態が巻き起こった。
    『ギギャァァァァァ!?』水竜は突然倒れ、もがき撥ね出した。

    「!?」

    「なんなの!?」

    「解からない、苦しんでるみたいだけど・・・・・・」

    キョトンとしたクーリャン達を横目に、水竜は辺りをのた打ち回る。
    しばらくして突然立ち上がり、水竜は胸を大きく張り、半透明の
    粘液に包まれた何かを吐き出した。

    「っ!!」

    クーリャンは駆け出す。巨大な樹にぶつかる間一髪の所で、
    粘液まみれのそれをキャッチして、そのまま海に飛び込んだ。

    「クーリャン!」

    水竜の圧水連射を回避しながら、ミツカミは必死で海面に消えた
    クーリャンを探す。

    「クーリャン!!」







    『クーリャン。君の連れているその幼火竜、ただの火竜では
     ありません。恐らく普通は見ることが出来ないような、とても貴重な
     竜かもしれない。それ故その火竜を狙う敵も少なく無いでしょう、
     どうか気を付けて・・・・・・』

    マカさん、貴方の言葉には、こんな敵も入っていたんですか?息の
    止まったカルートを抱えたまま、クーリャンは海深く沈んで行く。
    海面に上がる気力も無い。このままカルートと、海の藻屑と消えても
    いいとさえ思った。もしこのまま死んで、それでどうなる?何も
    変わりはしないだろうか?ニルは悲しむかな、兄貴はどうだろう・・・。
    ゴメンよカルート、助けられなくて、どうせならこのまま・・・。

    「クーリャン!!」

    そうだ、まだ上にはミツカミが・・・。



    『クーリャン、大切なモノはあるか?』
    カルートの名を決めた晩に、シャルルはクーリャンに問いかけた。
    『大切な・・・・・・モノ?』
    『命ある、大切なモノ』
    『友達、とかかな?』
    『友か・・・・・・それもありだが、難しいぞ』
    『?』
    『質問のしかたが悪かったな・・・・・・』
    シャルルは咳払いし、金の瞳でクーリャンの眼を見下す。
    『自らの命を引き替えにしても守りたい、大切なモノはあるか?』
    『・・・・・・ある』
    クーリャンは自らを見下す金の瞳を、強く睨み返した。
    『友達』
    『・・・・・・それを守り抜くために、己れが命を失ってもいいのか?』
    『いい』
    『過酷な道です』
    クーリャンの後ろにいたマカルッピアが、クーリャンの肩を軽く叩く。
    『友に命を奪われるかもしれませんね、しかし君なら・・・
     大丈夫です。シャルも弟を信じなさい』
    マカルッピアは赤と緑の瞳をクーリャンに向け、ニッコリ笑った。
    『死を怖れぬことです、必ず希望は輝きます。諦めずに
     生き続ければ、どんな不運も消し飛びますよ』



    マカさん、信じます。貴方の言葉を!!
    クーリャンは沈む体を反転させ、カルートを抱えて上がって行く。
    死なせるもんか!
    海面近くまで上がると、空いた片手で竿を取り、外の世界に
    向かって大きく振るった。地上で尚も戦い続けていたミツカミの右頬を
    クーリャンの針糸がかすめ、水竜の背ビレに絡み付く。『ギジャ!?』

    「!?」

    ミツカミは背にした海を振り返る。水飛沫を上げ、クーリャンが
    勢いよく飛び出した。

    「ハアァァァァ!!」

    怒気の籠った声を上げながら、クーリャンは鋭い竿先で水竜の
    目を貫く。水竜は声にならないほどの悲鳴を上げ、尾ビレで
    クーリャンを殴り飛ばした。

    「クッ!!」

    『・・・・・・キヤ・・・・・・』

    「!?  カルート!!」

    いつの間にか垂れていた頭を上げ、カルートは弱々しく鳴いた。

    「カルート、よかった。本当によかった」

    クーリャンはカルートを強く抱き締めた。

    「クーリャン避けて!!」

    「!?」

    ミツカミの声に反応し、クーリャンが振り返ると水竜が全力で駆け、
    クーリャンに襲いかかろうとしていた。
    マズい、反応が遅れた。避けられない!!
    クーリャンは固く目を瞑る、しかしカルートは違った。まるで獲物を
    見る鷹のような、鋭い目付きで水竜を見つめている。
    次の瞬間、カルートの喉奥から真っ赤な炎が、火山の噴火のように
    噴き出された。炎は水竜を包み込み、しばらく燃え続けた。
    『グジャァァァァ!!』水竜はもがき、川に飛込もうとする。しかし炎は
    激しく燃え、水竜に余地を与えなかった。
    『ジギ・・・・・・グッ・・・・・・ギウゥゥ・・・・・・』炎に焼かれた水竜は、
    その場に倒れて動かなくなった。

    「・・・・・・倒した・・・・・・やったよカルート!」

    『クィィ?』

    芳ばしい香りを放つ水竜の前で、クーリャンはカルートを
    高く持ち上げて微笑む。

    「相棒?」

    ミツカミは物珍しそうにカルートを見つめた。

    「それが相棒!?」

    「そうだよ、幼火竜のカルート。僕の相棒」

    クーリャンはカルートをミツカミに付き出す。

    「僕の大切なモノさ」

    『クィィィィ』

    「大切なモノって言っても・・・・・・」

    ミツカミは眉間に皺を寄せ「飛竜じゃないの。」と呟いた。




    /////////////////////////////////////////////////////

     

     

     

     

     

     

    Photo / 文 / 絵: 坂石佳音

    『空の釣り人』 : 蒼 箜

     

     

                     目次へ