月今宵

     

     

     

     

     

     

    よべのつき二〇一〇

     

     

     

    こんなに晴れるとは、そんな青空の下、

    ちょっと早めに家を出た。途中郵便局に寄って

    おじさんと呼びたいような円筒形のポストに

    「月」の葉書を投函。

     

     

     

    金秋やポスト縮んだかもしれず

     

     

     

     

     

    珍しくお城の駐車場に入ることが出来、

    荷物をかかえてお城の前へ。

    途中でアイスクリームを買ったり、席を確保してから

    抹茶をいただいたり。

    すぐ後ろに小さな人たちをつれた一家が座った。

    娘が初めてここに来た時もこんな年頃だったような。

    毎日一緒にいるとわからないことが、一年に一度

    訪れる場所ではとてもよくわかり、びっくりする。

     

     

     

     

     

    大きくなったね。

     

     

     

     

     

     

     

    眉間までヒーローめく児秋光る

     

     

    じいちやんの指さす先の赤とんぼ

     

     

    広茣蓙の端までちちろ追ひゆけり

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    すこしだけ爪染めてみよ月今宵

     

     

     

     

     

    大きな荷物は防寒具で、今年は上着(ウインドブレーカー)と

    座布団以外にひざ掛けも準備した。

    観月薪能は月にあわせて開催なので、約一ヶ月の誤差があり、

    まだ蒸し暑いこともあれば寒いことも。

    今年は寒い、きっと寒い。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    星月夜鼓のこゑのよく通り

     

    明月や牛若丸の薄き耳朶

     

    惟茂の袂にすがる秋の蝿

     

    秋の蛾のそろと飛び立つ能舞台

     

    ふたりでつかふ大判の秋ショール

     

    名月や水面の如き能舞台

     

     

     

     

    挨拶、火入れ式が終わり、地元で能を習っている人々の

    仕舞などの今までは無かった演目もあり、例年より長かった薪能。

    防寒具は大正解で、それだけの準備をしていても

    日が落ち夜が更けるとじっと座っているのが寒かった。

    うしろの小さい人たちは途中眠ってしまって、

    バスタオルや風呂敷を掛けてもらっていた。

     

     

     

    恒例の寄り道で、遅い夕食をふたりでいただいての帰路、

    車がいつもの川辺にさしかかったかと思うと娘が

    「鳥がいないよ」と教えてくれた。

    毎年薪能の夜はその川辺には無数の白鷺が集まり眠り

    真っ白の大きな玉子がたくさん光っているように見える。

    ところがことしはそれが一羽もいない。

    例年必ず満月の日に開催していた薪能を今年は週末に

    ずらしていた。たった数日のことながら、こんなに

    景色が違うなんて。

    来年も藤堂高虎のイベントにあわせて開催とのことで、

    薪能はおそらく満月の日ではない。

    「鳥たちは満月を知っているんだね。」とつぶやく娘と

    来年は満月の夜に川辺に行ってみようねと約束。

    ただし、彼女が覚えていたらのことだけど。

     

     

     

    名月や天翔け渡る鳥のこゑ

     

     

     

    来年もよい月でありますように。

     

     

     

     

     

     

    2010  Photo / 文 / 句: 坂石佳音

     

     

     

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