『 よ る 』

    てんぐやま2009 春


     ♪トランペットは朝を呼ぶ、
       トロンボーン雲湧きあがれ
         クラリネットは星踊る
         ホルン豊かに雨降らせ
        フルート虹の橋架けて・・・


     「トランペットが吹きたいなぁ」

    海天狗は「ほほう」という顔で藍天狗のおしゃべりを聞いていました。

     「朝日をつれてくるお仕事はきっと気持ちいいよ。ああ、トランペットが吹きたいなぁ。
      フルートもいいなあ、虹を作るの。クラリネットも楽しそう。ね、海天狗さま。」


    今日の午後一番で、藍天狗のところに鶯便がやってきました。
    中身は招待状で(鶯は「重かった」と声を枯らしていました)、てんぐ山楽団に
    入りませんかというお誘いでした。
    これという仕事がまだ決まっておらず、糸天狗やみなさんのお手伝いを
    していたのですが、そろそろ『自分だけの仕事』を決めたいと思っていた
    藍天狗の夢はふくらむふくらむ。
    海天狗さまに早速報告して、次は罰天狗さまに・・・・と思ったら罰天狗からの梟便。

      『前略、すぐにおいで。草々』  


    早速行ってみると、罰天狗は夕焼けを眺めながらお茶を飲んでいました。
    紅天狗の今日の草餅はなかなかの出来で、

     「こうして皿ごとおいてあるからつい食べる」

    罰天狗はぺろっと舌を出しながらいくつめかの草餅をつまみ、
    藍天狗にもすすめてくれました。
    藍天狗は紅天狗のいれてくれたお茶が熱すぎるのでふうふう吹いていると、
     「なぁ、朝と夜とどっちが好きだい?」

    と罰天狗。どっちも嫌いでは無いけれど、今は朝、なんといっても朝・朝・朝。

     「あのね、罰天狗さま、わたし今日ね、手紙を貰って・・・」

     「藍天狗、わたしは夕焼も好きだけれど、夜がやってくるときも捨てがたいなぁ。」


    罰天狗さまはどうしてそんなことを仰るのだろうと考えながら草餅を食べていると
    紅天狗がやってきて、今、楽団にはチューバ吹きがいないと話しはじめました。
    チューバって、あの大きな大きな夜を呼ぶラッパ?
    あれが鳴ると子供たちは遊んでいてもやめなくてはいけないつまらないラッパ?
    早く寝なさい早く寝なさいというように聞こえるラッパ?
    草餅がいっぺんに甘くなくなりました。
    そんな藍天狗の顔を見たか見ないか、紅天狗は

    「海天狗さまのところに届けてきてちょうだい」

    と、藍天狗に草餅の小さな包みをわたしました。


                      


     「あのね、海天狗さま、わたしの楽器はね、チューバなんだって。」

     「おっ、この草餅はいいぞ!久々のヒットだな紅天狗。ん?チューバ?いいんじゃぁねえか?」

     「だって大きいんだよ、ものすごく重そうで・・・・。」

    なにがいいんだろうと思う藍天狗に海天狗は、草餅を頬張りながら、

     「いいかぁ?楽器には相性がある。まずは音が出せるかだ。
      次にはこの山の楽器はみな生き物だっちゅうことだ。
      無理やり音を出せても、楽器が承知しねえことにはその楽器と『仕事』することはできねえんだ。 
      まっ、行ってみな、そして吹いてみな。そのチューバ。
      その前に茶いれてくれると、嬉しいなぁ。」

    そうだね、やってみないことには何も始まらない。
    藍天狗は海天狗の前に熱くて濃いお茶を置くと暮れかかる空に飛び立ちました。

     

     


    チューバはひとりで待っていました。    

    「やっぱりなんて大きなラッパだろう、どうやって吹くの?」と心配になる間もなく、
    その大きな大きなラッパは藍天狗の腕の中にありました。
    大きな金のベルを天に向け、マウスピースに口をつけ、 大きく大きく息を吸って、



    あ、 うたっている。


    歌っているのは藍天狗なのかチューバなのか。知らないのに知っている旋律、
    薄墨の夜空にとっておきの墨を丁寧に重ねてゆくように
    やわらかにやわらかに夜が訪れ深まってゆきます。
    里ではおとなも小さな人たちも手先足先がほかほかしてまぶたがとろんとして、
    このままお布団にもぐりこみたい心地。


    ♪トランペットは朝を呼ぶ、
      トロンボーン雲湧きあがれ
        クラリネットは星踊る
        ホルン豊かに雨降らせ
       フルート虹の橋架けて
     チューバやさしい夜を招き・・・


                        


    罰天狗と海天狗は一緒に空を見ていました。

     「いい夜ですなぁ」

     「そうですなぁ、久しぶりの本当の夜だ。皆さぞよく眠れることでしょうな。」


    そう頷きあっているところに小麦粉まみれの紫天狗が走って来て、

     「成功成功、大成功!!!」

    と言いながら、なにやら大きな包みをほどきはじめました。
    「きのこ飯はいらないよ」という二人に紫天狗が見せたのは山盛りの緑色のパン。
    蓬ではなく母子草をいれてあるのだというパンはよくふくらんでいておいしそう。
    さっきまでおなかを撫でていた罰天狗と海天狗は顔を見合わせてにやり。


    「こうしておいてあるから、」

    「つい食べる、ですな。藍天狗の分はさきにとっておきましょう。」


    焼きたてのパンの匂いにひかれて、菊天狗や赤天狗、センセイやセンセイのところの猫、
    雨も降っていないのに傘を持ったかっ天狗や風天狗もやってきました。
    そしていつまでもいつまでもおしゃべりを楽しみました、

    あたたかなこの春はじめての『本物の夜』に。


                    おやすみなさい。   

     

     

     

     

     

     

    『 は 』

    てんぐやま2009

     

     

     

    糸天狗はご用で遠出をしているしセンセイはご多忙なので、今日のお茶は

    藍天狗、罰天狗、紅天狗の三人だけ。

    紫天狗が藍天狗に送ってきたアルファベットクッキーは並べると

    メッセージになるとかならないとかで、テーブルの上は大騒ぎ。

     

     「ヤツのことだから、結構凝ったことをしてると思うなあ。」

     

     「これで『HAPPY』になって、ここで・・・・」

     

     「ええ、でもそこでそう使うと残りがわからないよ。」

     

     「えへへ、もう食べちゃおうか。」

     

     「わああ、おいしい。」

     

    なんてやっている間にあらあら一文字二文字床にこぼれたような。

     

     

    >゜))))彡 ☆彡 >゜))))彡 

     

     

    この秋はやけに蜘蛛の巣がたくさんあるなあと思っていた藍天狗ですが

    今朝は扉も開きにくいほどの蜘蛛の巣。

    「ごめんね」と声をかけて糸を払って外へ出れば、紅天狗も同じ様子で

    箒を片手に蜘蛛の巣をにらんでいましたが、こちらに気がついて走ってきました。

     

     「お a よう藍天狗。ちょっと i どいと思わない?これ。」

     

     「お a ようございます、紅天狗っっって何?!この言葉。」

     

    何度言っても「おはよう」といえず、ためしに「こんにちは」と言っても

    「こんにち a 」になってしまいます。

    二人は罰天狗のところに相談に行くことにし、道々出会う者に声をかけてみるのですが

    誰もみな、

     

     「お a よう 、なにを急いでいるんだい?」

     

     「やあ、こんにち a 、 u たりおそろいでどこ e 行くんだい?」

     

    といったあんばい。

    時折、豆天狗の中でもひときわ小さい者の中には、

     

     「こんにちわぁ」

     

    と言う子もあったりするのですが。

    歩けど歩けど蜘蛛の巣はいっぱいだし、言葉はなんだかおかしいし、

    罰天狗の家も自分たちの家の場所もわからなくなってしまいました。

    そういえば、朝ごはんもまだなのでした。

     

     「ああ、あの紫天狗にもらったクッキー、ポケットに入れておけばよかった。」

     

     「きのう全部食べちゃったもんね、おなかがすいたねー。」

     

    二人が草の上に座り込んでいると、向こうから陽気な声が聞こえてきました。

     

     「たっだいまー♪ こんにちは、

              あらあら、おなかのへっているのは誰? 

                        あらまあ、この蜘蛛の巣はいったい何?」

     

    あれは、お出掛けしていた糸天狗の声。

     

     「おかえりなさい、糸天狗さま。わたしたち、なんだか言葉が e んなの。」

     

     「こんにち a 、糸天狗さま。おなかが e って・・・あれ?糸天狗さまはおかしくない。」

     

    と、紅天狗と藍天狗。

    ふふーんとつぶやいた糸天狗はしばらく蜘蛛の巣を調べてると小さな体に似合わない

    大きな声で蜘蛛たちを叱りました。

     

     「あんたたち、Hを集めるのはおやめなさーーーーい!!!」

     

    森を覆っていた蜘蛛の巣が解けて、何かがぱらぱらとこぼれ、それが空でとけたのを

    見届けてから、糸天狗はにっこり笑いました。

     

     「こんにちは、紅天狗、藍天狗。」

     

     「こんにちは、糸天狗さま。 あっなおってる。」

     

    振り向けばそこは罰天狗の家の前で、紫天狗と罰天狗がお茶の準備を始めていました。

    お皿の上にはアルファベットクッキーの大きな大きな山。

    罰天狗の話によると、蜘蛛はどうやら昨日のクッキーのおこぼれの『H』を

    食べたようで、それがおいしかったので手当たり次第に『H』を集めたようだということ。

     

     「ことばの H なんてすかすかしておいしくなさそうなのにね、」

     

    と藍天狗。

     

     「いやいや、なかなかそうでもないかもしれないよ。無かったら困ったろう?」

     

    と罰天狗。

    みんなおなかがすいていたので、クッキーはあっという間になくなってしまいました。

    一番たくさん食べたのは糸天狗・・・というのはナイショのナイショ。

    ところで、昨日のクッキーは何のメッセージだったのでしょうか。

     

     「へ?んなめんどくえーこと、なんもないぜ。」

     

    といいながら、せっせと蜘蛛のために H (が一番おいしいと蜘蛛らは信じているので)の

    クッキーを仕込む紫天狗なのでした。

     

     

     

                                

     

     

     

    『 は 』 了

     

     

     

     

    2009.  Photo / 文 / 絵: 坂石佳音

     

     

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