『梨むいて』

    てんぐやま2008 その壱

     

    果物を剥くときに皮がひとつらなりに長くなると嬉しい。
    最初にお願いをしてから黙って剥いてそれが一箇所も切れずに終わったら
    願いがかなうらしい・・・・というわけで、藍天狗はただいま修行中です。
    林檎よりも梨の方が剥きやすいので、この秋は梨がやってくるごとに皮むきを
    かってでて、一生懸命に包丁を動かします、が、最初からうまくはいかない。
    実がほとんど残らなかったり、でこぼこだったり、何よりも皮がつながってくれないので
    藍天狗は泣きたくなってしまいます。
    紅天狗は何か言いたそうですが何も言わず、他の天狗さんたちも藍天狗の
    剥いた不恰好な梨を「おいしい」といってもらうので、なおさらプレッシャーです。

    今日も月兎のトキジクとアリノミが届けてくれたみずみずしい梨の前で
    大きなため息をついている藍天狗の前に、日焼けした真っ黒の顔が
    にゅっと出てきて、「ちっちゃいの、なにふくれてるんだ?」と笑いました。

    紫天狗は藍天狗の兄貴で、食べるのが好きで作るのも好き。
    野球も大好きで、天狗チームに入れてもらってあちこちに遠征しているので
    めったにお山にいないのですが、いるときは何か作っては「うまいぞ」と
    藍天狗にも食べさせてくれます。
    (このチーム、なかなか勝てないのがタマニキズなのですが、みんな
    楽しいからいいのだそうです。)

    ちっちゃいのと呼ばれるのはちょっと不満ですが、困ったときには頼れる兄貴です。


    梨がなかなか上手に剥けないと答えた藍天狗に、

    「じゃあ、いまやってみなよ。ハラ減ってるんだ、俺食うから。」

    といったかと思うと、手を洗いに吹っ飛んでいってしまいました。

     

     

     


    「見ている前で?いやだなぁ。」とおもいながらも準備をすると、
    戻ってきて椅子に座った紫天狗がきれいな梨を渡してくれました。
    ぐぐっと握るので、包丁がふるえます。まな板に梨の汁もぼたぼた落ちています。
    皮、つながれ・・・つながれ・・・つながれ・・・・あっ
    皮、つながれ・・・・つながれ・・・・ああ、やっぱりだめだぁ。
    最後まで何も言わずに見ていた紫天狗は

    「じゃあ、今度は俺がおまえに剥いてやるよ」

    と包丁と梨を握りました。
    切れないと危ないから、と紅天狗がこの頃は毎日研いでいる包丁はとてもよく
    切れて、お料理上手の紫天狗の日焼けした大きな手の中で梨がくるくると
    勝手に皮を脱いでいるようです。
    時折ぽたりと落ちる滴もとてもきれい。

    「お前な、肩や両手に力が入ってたらうまくいかないよ。
    よく切れる包丁なんだから、大丈夫。
    力を抜いて、美味しくなるようにきれいにできるようにと思いながらやってみな。
    梨だっておいしく食べられたいんだ、きっとなー。
    ああ、うまそう、ものすごくうまそうな梨だよな、これー。」

    あっというまに皮を剥き終わり、八つに切られた真っ白な梨がお皿の上に
    乗せられて小さなフォークも添えられて藍天狗の前に。
    キラキラ光っておいしそう。

    「早よ食え。」

    というと、紫天狗はさっき藍天狗が剥いて、そのままの梨をまるかじり。

    「うまい!!!やっぱ、梨はうまいなあ!! ハラ減ってるし、サイコー!!!」

    と細い芯一本残して食べてしまいました。
    くず入れにはさっき藍天狗の剥いた切れ切れの皮と、紫天狗の皮一本。
    その上に食べ終わった芯を捨てて、紫天狗は

    「さっき俺がこの皮に願い事しといたから、きっとかなうぞ。」

    と不思議なことを言うと、藍天狗の残した梨もたいらげて「ユメノタマゴダケってそろそろ・・」
    とつぶやきながら出て行きました。


    >゜))))彡 ☆彡 >゜))))彡



    その夜、罰天狗たちの前に出てきた藍天狗の梨は今までよりかなりきれいに
    出来上がっていたようでした。

     


                            

     

     

                        『梨むいて』 了    

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    『むらさきてんぐ』

    てんぐやま2008 その弐

     

     

    「というわけで、俺は決めたぞ!!!」

     

     

    紫天狗が大声を出したのでちょっとがんばって林檎を剥いていた藍天狗はびっくりしました。

    「というわけで決めた」内容はさっぱり話してくれず、紫天狗はそのまま海天狗さんの

    ところに走っていくと、二人で長いことぼそぼそ話をしていました。

     

    今日はユメノタマゴダケの生える一年に一度の日。

    山じゅうの大きい天狗が淡く光る茸を眺めながら宴会をします。

    ユメノタマゴダケには不思議な作用があり、その光をあびるととても陽気になります。

    あびすぎると次の日は頭が痛くなるほど。そして一晩で姿を消してしまいます。

    いつもあるといいのになぁ、ユメノタマゴダケ。

     

     

     

     

     

                  

     

     

     

     

    その夜、目の部分だけ真っ黒のガラスのはめ込んである分厚い木の皮で作った

    不恰好な服で紫天狗は現れたかと思うと、皆の前でユメノタマゴダケをひと株

    わしづかみにしてどこかへ消えていきました。

     

     

    「なんですかな、あれは」

     

     

    大きい天狗たちは不思議そうにふりかえり、海天狗、罰天狗と菊天狗は

    「まあまあ、」という顔でにこにこ笑っていました。

     

     

     

     

           >゜))))彡   ☆彡   >゜))))彡

     

     

     

     

    「海天狗さま、できましたー!!!」

     

     

    次の日、紫天狗が頑丈そうな小さな鍋を持って走ってきました。

    中にはなんだか、料理。

     

     

    「こいつの光に当たるとうんと酔っ払っちまうから、そのまま準備した鍋に入れて

    炊き込みご飯にしてみたんです。

    これなら食べたときにちょっと気持ちよくなるんじゃないかな。

    うまくいったらまた別の方法を考えて、長く保存が出来て、持ち歩けて・・・・」

     

     

    「まあ、まあ、紫天狗、ひとまずこいつをふたりで食ってみようじゃないか。」

     

     

     

    蓋を開けたときにちょっとくらっときましたが、すぐに匂いは消えたので

    紫天狗は手早く小さなおむすびを作ると海天狗にも渡し、さっそく口の中へ。

     

     

     

    「・・・・・・・・・・・・・・むっ、むらさきぃ、こいつぁ・・・・・」

     

     

    「うおおおおおお、げろまずっ!!!!!!!!!」

     

     

     

     

    というわけで、食べるの作るの大好きの料理上手の紫天狗、

    ユメノタマゴダケ実験料理の道のりははてしなく長そうであります。

     

     

     

                  

     

     

    『むらさきてんぐ』 了

        

     

     

     

     

    2008.Oct  Photo / 文 / 絵: 坂石佳音

     

     

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