『センセイのお庭で』

    てんぐやま2007 その壱

     

    センセイのお庭で罰天狗も一緒に四人のお茶会です。

    紅天狗の作ってきたケーキも今日は大成功、それなのに、

     

    「どうして食べないの?」

     

    紅天狗の不機嫌な顔を見ながら藍天狗は小さくつぶやきました、

     

    「だって・・・」

     

     

                

     

     

    藍天狗はあいかわらず人のふりをしては小さな電車にトコトコ乗り

    天神さんの花を見にいったり、図書館で絵本を眺めたり、時折は

    美味しいものや楽しいことの大好きな紅天狗やセンセイも一緒に

    綺麗なお店でごはんを食べたりお茶を飲んだりします。

     

    このところの藍天狗のお気に入りはお風呂屋さん。

    大きなお風呂屋さんもたくさんあって、どこもキラキラ明るくて

    楽しそう。でも、藍天狗の好きなのは町の小さなお風呂屋さんです。

    開店してすぐにのぞくといつものおばあちゃんたちがゆっくりと

    お湯につかったり、体を洗ったり。

    もう終わって涼みながらおしゃべりをしている人もいます。

     

    牛乳の並んでいるケースも素敵だけれど、藍天狗は脱衣所の

    大きな体重計が気になって気になって、毎日乗っている

    おばあちゃんたちのうしろからこっそりのぞいて、

    「いつかひとりのときにのってみよう」と思っていました。

     

    ある日、常よりちょっと遅い時刻に暖簾をくぐったら、誰もいません。

    一番風呂のお客さんがひいた後のようで、熱気の残る無人の脱衣所に

    体重計がぽつり。

    服を脱いで、そーっとそーっと乗ったら、がちゃんっと音がしたので

    ちょっとびっくりしたけれど、ゆらゆらする針がとまった数字を見て

    もっとびっくり。

    だって、おばあちゃんたちの十分の一も無いから。

    「センセイがおっしゃってたなぁ、そういえば。」

    センセイは天狗山のお医者さま。鼻が痛いとか、耳に蜘蛛が引っ越してきたとか、

    背中にキノコが生えたとか、なんだかおなかがぐるぐるいうとか、そんなときは

    センセイのところに行って診ていただきます。

    病気というわけでもないのだけれど元気が足りないなぁというときも彼女のお顔を見て、

    お喋りをしたらなんだか『元氣』が湧いてくるのです。

    先日、ちょっと食べ過ぎて胃の具合の悪くなった罰天狗に、

    「天狗は飛ぶ鳥と同じですからねー、軽いが一番。

     あんまり食べて太ったら飛べなくなっちゃいますよ。あははは。」

    「それはこまるなぁ、はっはっは。」と罰天狗も笑っていました。

    「重くなったら飛べないんだぁ。」藍天狗はそれからお風呂屋さんに

    行くたびに体重計に乗っては自分の軽さを確かめていました。

    それなのに、

     

    「だって、この前お風呂屋さんで体重をはかったらぁ・・・。」

     

                 

     

    秋はいつだって美味しい。

    紅天狗は秋のおいしいものでどんどんお菓子を作るし、

    (この頃はあまり大失敗もしないし)つまりはお茶会の機会も増える、

    というわけで、先日のお風呂屋さんの体重計はおやっ?という

    数字でした。

    センセイは目をチカチカっとさせて笑っています。

     

    「さては、太った?と思ってる?藍天狗」

     

    「うん、また飛べなくなったらこまるもの。」

     

    センセイは大笑い。一緒に紅天狗ももっと大笑い。

    でも罰天狗は笑わずに藍天狗にこう言いました。

     

    「わたしは、あなたよりうんと重いけれど飛べないかな。」

     

    そんなことはない、罰天狗さまは大きな翼でいつでもどこまでだって

    飛んでゆくのです。

    センセイも紅天狗も今はやさしい笑顔で頷いています。

    それでも気になることを藍天狗はセンセイに聞いてみました。

     

    「でもね、なんだか飛び立つときに・・お・重いような気がする」

     

    センセイはセンセイの顔で答えます。

     

    「それはあなたがまだオトナになりきっていないから。ついこの前

     大きな翼になったところでしょ?これから骨も筋肉もそして

     『ちから』もどんどん強くなるの。ね、紅天狗♪」

     

    「はい♪わたしもあったなぁ、それで、センセイにお話を聞いていただいて。

     ねえ、センセイ、藍天狗が食べないなら、このケーキどうしましょうね。

     センセイとわたしで半分こします?それともセンセイのところのチャーに

     いかがです?」

     

     

    「あ、食べますよぉ。」ちょっと安心した藍天狗はあわてて自分の前の

     大きなモンブランを抱え込みました。

     

     

     

                  

     

     

     

    今日もトコトコお風呂屋さん。

    ちょっとずつ増えていて『ふつう』なんだとわかったので、安心して

    体重計にのったら、

     

    「がちゃがちゃん!!!!」

     

    信じられない目盛に針があります。

    「ああ、あのモンブラン、食べなきゃよかったのかなぁ」と思いつつ

    足元を見たら、猫。

    センセイのところの茶トラの大きな猫が体重計に掛けた前足をおろして

    ゆっくりゆっくりと脱衣所から出て行きましたとさ。

     

     

     

    『センセイのお庭で』 了        

     

     

     

     

     


                      

     

     

     

     

     

     

    『星月夜』

    てんぐやま2007 その弐

     

     

    「茶筒くんはお元気であろうか?」

     

    そう海天狗さまがおっしゃるので、藍天狗は夜空の散歩がてらのおつかい。

    時折お顔を拝見しに伺っているですが、茶筒銀之助氏は昼間はうたたね、

    夜は熟睡していて、本当に『お顔拝見』で終わってしまいます。

    ところが、今夜は銀之助の声がします。

    いつもの戸棚ではなく、卓袱台の上にぽつりと立っており、

     

    「うーむー、ねむれぬねむれぬ、ねーむーらーれーぬーうーうー。。。。」

     

    「どうなさいました?茶筒銀之助さま。」

     

    「う?おやおやこれは珍しい。小さい天狗殿ではないか。」

     

    小さいといわれてちょっとむっとした藍天狗ですが銀之助のうなり声が『じんじょう』

    ではないので、心配になってもう一度聞いてみました。

     

    「どうなさいました?おなかでも痛むのですか?」

     

    「眠れないのじゃ。この屋敷にまかりこして以来、我が身ぬちには玄米茶が収められ、

     拙者、それをお守りすることに専念しておったが、先般小さきお人がおみえになられて

     主になにやらお渡しになられた。主は『きれいね、『だいじ』なのね。ちょうどこの缶々が

     空いたから入れときましょうね。』と拙者の中になにやら美しい宝を隠されたのじゃ。

     小さきお人は主の大切なお方。その方の宝となれば、拙者、『いのち』にかえても

     お守りせねばならぬ。ああ、ねむってはならぬ、ねむられぬー。」

     

    そんなに大事な宝物ってなにかしら。

    藍天狗はこっそりとのぞかせてもらったら・・・・・。

     

     

                 

     

     

    「藍天狗、茶筒君は元気だったかい?」

     

    「それがね、海天狗さま、銀之助さんは今、おなかの中にきれいなビー玉がいくつも

    いくつも入っていて、重たくて眠れないようでしたよ。」

     

    「おやおやそれは大変だぁ。大丈夫かねぇ。」

     

    「はい。ビー玉の持ち主さんは明日、あ、もう今日ですね、おみえになるそうですので、

     たぶん大丈夫。でもね、銀之助さんかなり寝不足のお顔でしたよ。」

     

    「そりゃ心配ない。今までたーんと眠ってたし、これからも、な。」

     

     

                       

     

     

    それでもちょっと心配だったので、その夜もう一度藍天狗は銀之助のところに行ってみました。

    銀之助の住む家の屋根が見えて、ゆっくりと空から降りると、ごーごーと大きな音。

    何事?と驚いて窓から覗けば、いつもの戸棚に戻された茶筒銀之助が大鼾をかいて

    眠っており、窓際のガラス瓶の中にはいくつものビー玉が今夜の空の星のように

    光っていました。

     

               『星月夜』 了    

     

     

     

     

     

     

     

     

    2006.Oct  Photo / 文 / 絵: 坂石佳音

     

     

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