きのこ

    てんぐやま2006 その壱

     

     


    鶺鴒便でミニレターが届きました。
    (通常郵便は山鳩便。鵙便というのもありますが、こちらはたまに郵便物を
    枝先にひっかけたまま忘れてしまうことがあり、あまり使われません。)

    「 ぜんりゃく  こんやひかります    かしこ 」

    なんだろう。でも、藍天狗に来たのだから藍天狗宛のメッセージです。
    わからないときは罰天狗さま。
    ところが今日の罰天狗は旅の空。

    困ったときは・・・・海天狗さま!

    海天狗曰く、

    「今夜っていうなら今夜だ。飛んでみりゃいい。」

    にやりと笑ったのが気になるけれど、ひとまず夜の散歩。
    まわりにヒトがいないのをたしかめて飛翔。
    山の一箇所、ほんのり光っているところがあります。
    降りてみるとたくさんの天狗がその光を眺めていました。
    近寄ってよく見ると、茸。
    大きな傘の茸が光っています。その光は肌にしみこむようで、藍天狗は
    体中がほかほかしてきました。
    まわりの天狗たちも陽気に笑ったりおしゃべりをしています。
    歌をうたいだす者もあります。
    うたっちゃおうかな、おどっちゃおうかな、でも、きもちいいけど・・・
    もうだめー・・・・・・。

    目がさめたのは翌日の昼前。
    寝床にいるのはどうしてだろう、と考えるのですが頭が痛い。

    「目がさめたみたいね。はじめてだものね。」

    紅天狗が熱いお茶を運んできました。
    海天狗も一緒で、

    「夢は見たかい、どうだった。」

    と笑います。

    「なんだかふわふわと気持ちよくて、楽しかった。でも、 アタマ、イタタタタ」


     

     

    ユメノタマゴダケはまだ早かったかな。と海天狗さまはおっしゃるけれど、
    またぜったい行くんだ、と思う藍天狗でした。

     

     

     

     

       



                           − きのこ 了 −

     

     

     

                      

     

     

    『茜色の本』

    てんぐやま2006 その弐

     


    罰天狗さまは読書中。
    茜色の表紙の本を手に。

    「お茶にお誘いしてきてね。」と紅天狗にいわれた藍天狗は
    さっきから声をかけるタイミングをはかっていました。
    罰天狗さまは本に夢中。



    「あら、あの本をご覧の時はだめね。」

    いつのまにかやってきた紅天狗がそういうと藍天狗にお茶をいれてくれました。

    「本当におもしろい本は、続きが気になって、最後が気になって、まわりの声も
     聞こえない。 でも、あの本はちょっと違うかな。」

    「へ、おおいあうお?」

    藍天狗は紅天狗がどうやら焦がしたらしいビスケットらしきもの≠
    ばきんと割って口に含んだのですがもごもごしてうまく話せません。

    「どう違うって?そりゃ、読んでみればいい。」

    紅天狗は月兎のトキジクとアリノミが持ってきてくれた栗で作った
    お菓子(こちらは成功したようです)を前にふふんと鼻を鳴らしました。

     

      

     



    罰天狗さまはまだ読書中。
    紅茶でようやくビスケットを飲み込んだ藍天狗はそっとうしろから覗き見。
    (お行儀が悪いので、紅天狗には内緒です。)

    「文字の無い本?絵本?表紙と同じ茜色の頁?」

    と思ったとたん、藍天狗は夕日の中にいました。
    もうすぐ暮れる西の空、淡く雲がたなびき、ちょっとつぶれた
    真っ赤な果実のような太陽がひっかかっています。
    どこかで見たような景色、どこかで見たような建物たち、
    どこかで見たような階段。その中ほどに罰天狗が座っていました。


    「おや、いらっしゃい。」

    罰天狗がいつもの笑顔で隣に藍天狗をさそいました。
    そこは今まで誰かが居たようで、どんぐりとおはじきがころがっています。

    「ここはどこですか?あれ? わたし、どうやって来たんだろう。」

    「ここは誰でも来ることができる。そして、いつまでも居たい場所だよ。
    終わらない夕やけ、沈まない夕日の中、懐かしいモノやヒトが棲む。
    でもね、藍天狗、どんな楽しい本も惜しい惜しいと思いながらも先を
    読むだろう?そして、おしまいと言って、次の本を探す。
    ここは読んじまった本のおいしいところ、時折読み返して・・・・
    そういうところさ。だから、あまり長居はいけないね、
    ああ、きれいだった。 帰ろうか。」


     

     

     


    書庫の窓から見える空には四日の月が星を従えて光っています。
    ぽかんと立つ藍天狗の前で罰天狗が閉じた本を片付けていました。
    そして藍天狗の方を向くと、さも困ったように、あたまをくるりとなでました。


    「お茶の時間に遅れたから、紅天狗にうんとこさ叱られるなぁ。お菓子を
    もらえないかもしれない。」

    「大丈夫です。焦げて、かたーーーい、ビスケットがいただけますよ。」

    「それはますます困ったなぁ。ははははは」

    「はい、それはもう。 ふふふふふ」



    むこうで紅天狗が呼んでいます。

    「糸天狗さまと菊天狗さまがおみえですよー。菊天狗さまにお魚を
    いただいたから、センセイや皆様をお呼びして夕食にしますかー?」

    「おやおや、どうやら堅焼きビスケットの刑はまぬがれそうだ、よかったよかった。
    藍天狗、書庫はいつも開いているからね。でもね、必ず、すぐに戻ってくるように。」

    ちかちかっと片目をつぶる罰天狗に 「はい」 と答えて、もう一度書庫を
    振り返ると、書架から夕やけがこぼれていました。
    いつまでもいつまでも眺めていたい茜色。


    「藍天狗!! 手伝いなさーーーーい。」

    「はーい」


    さて、今夜もまたにぎやかです。



                           − 茜色の本 了 −

     

     

                      

     

    『卯月三日』

    てんぐやま2006 春・番外編

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                    写真:NAOKI

     

     


    藍天狗はまた困っていました。
    なにが困ったって、こんなに困っているのになんとも眠いということも。
    「あったかーい。赤ちゃんのお手々みたいね。」と紅天狗が握るのですが、
    藍天狗の手のひらはいつもなんだかあたたかで、眠たい今は人差し指も中指も
    陽だまりのお蒲団のようにふっくりしています。
    頬に当てると、ほかほかしてああ心地いい。
    空にはお日さまがにっこりしているし。
    ・・・・・・

     

     


    「藍天狗、岩から落ちるよ」

     

     

    気がつくと隣に海天狗が座っていました。海天狗はあまりお出ましにならない

    天狗さんです。
    でも海のこと空のこと小さな虫のことなんでもご存知で、藍天狗は時々お話を

    聞かせていただきます。

     

     

    「決まったかい?あれ≠ヘ。」

     

    「まだなの、考えているのに、眠くて眠くて・・・」

     

    「春だなぁ。春といえばこの話はしたかな? かたかご姫のこと。天狗山の春の姫の
     おひとりで、そろそろ目ぇ覚ます頃かなぁ。それはそれは美しい花の姫で、中でも
     彼女の歌は天下一品だぁ。ただ、ひどい偏頭痛持ちで、めったに歌わない。だがな、
     その歌を聴いた者は一年の元氣が約束されるし、もっと機嫌のいい時にはその

     歌声は小さな結晶になってそれを湯にとかして飲むととろーりとして、いい匂いで、

     甘くて、何より飲んだ者がうんと元氣になるんだ。歌を聴いたのとおんなじになぁ。

     もしもそれが手にはいりゃ、この頃ちいと元氣の無いあのかたもお元氣になるなぁ。」

     

    「その姫さまはどこにいらっしゃるの?海天狗さま。」

    「毎年、森の奥の誰も来ないところですいっと目を覚ましてしかめつらしてなさるよ。
     行ってみるかい?」

     

    海天狗に礼を言い、藍天狗は早速森の奥に出かけました。

    「あの日」はもうすぐそこ。早く『ステキナナニカ』を探さなくては。

     

     

     

     


    羽を広げたら引っかかってしまうような木の間を抜けて行った先にその花は咲いて
    いました。海天狗さまのお話のように俯いてちょっと憂鬱な顔で。
    なかでも一番美しい花に藍天狗はそっと声をかけてみました。

     

     

    「こんにちは、あの・・」

     

    「うるさいわ、頭がいたいの。あなたの足音どすどすどすどすと、ああ、いやだ。」

     

    「そんなに頭が痛いの?」

     

    「いたいからいたいっていってるのよ、もう寝起きはこれだから嫌い。

     あなたも嫌い嫌い大っ嫌い、どこか行って!」

     

     

    怒られて藍天狗はその場に座り込みました、と、なんて冷たい地面。
    かたかご姫たちはこんな冷たい土に足を入れているのです。

    藍天狗は思わず手のひらで地面を撫でました。すると花が顔を上げて、

    不思議そうに、

     

     

    「あら、なんだか体があたたかくなってきた。どうして?」

     

     

    驚いた藍天狗はもう一度地面にそっと触れると、冷たかった地面がほんのり

    あたたかくなっています。

    そして相変わらず俯いてはいるものの、めっきり顔色の良くなった花々が

    小さく歌い始めました。
    中心のかたかご姫も澄んだ風のような声でうたっています。
    藍天狗が今まで見たどんな星よりもどんな虹よりも澄んだ光、そんな声で。

     

     

    「これが海天狗さんのお話のお歌なんだ、気持ちいい、なんて心地いい。

     ああ、みんなに聞かせてあげたい。」

     

     

    うっとりと地面を撫でていると、あちこちから小さな芽が顔を出し、どこからか
    蝶も飛んできました。蛇が寝ぼけ眼で穴から這い出し、花たちの歌は大合唱に

    なっています。
    そして、今伸びてきた蕨の上に雲母色の欠片がいくつものっています、これは?

     


    「これがかたかご姫の歌の結晶?」

     

    「そうです、若い天狗さん。ありがとう、なんて気持ちのいい春。

     どうぞもってお帰りなさい、わたしの歌のかけらです。」

     


    かたかご姫がにっこりと笑み、蕨たちは手に手に歌の結晶を差し出してくれたので、
    藍天狗のポケットはまたたくまに一杯になりました。
    「ミツケタ、アノヒノタメノあれ=Bステキナモノ」

     

     

    歌い終わったかたかご姫はちょっと照れたように首を傾げて

     

     

    「あのね、お願いがあるの。次の春も、その次の春も、こうしてわたしを起して
     もらえないかしら。こんなに気持ちよく目覚めることができたのは初めてなの。
     あなたのその手、不思議。すてきね。」

     

    「ありがとうございます、ぜひ、ぜひ。必ず参ります。」

     

     

    かたかご姫と別れて森から出た藍天狗は、まっすぐ海天狗の庵に向かいました。
    まずは海天狗さまにこれをお届けしよう。
    そして、お誕生日の罰天狗さまにも。

    きっときっと今まで以上にお元氣になる。
    みんなみんな。

     

     

    罰天狗へのお誕生日の贈り物を手に入れ、晴れ晴れと今覚えたばかりの歌を
    歌って飛ぶ藍天狗のうしろ、山の春が次々と目覚めてゆきました。

     

     

     

          写真:花  句:海月  

     

                                  − 卯月三日 了 −

     

     

     

     

    NAOKIさま、花さま、海月さま、ありがとうございます。

     

     

     

    2006.Oct  Photo / 文 / 絵: 坂石佳音

     

     

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