いつもにこにこ糸天狗さまのお話、お月さまと一緒にどうぞ。

     

    糸天狗とどんぐりの帽子


    銀杏の黄色が吹き飛んで楓が赤くなると、編物上手の糸天狗はとてもいそがしくなります。

     にっぽんこくてんぐやま だいしきゅう

    と書かれた大きな荷物が届くからです。
    これは寒い寒い国からやってくる荷物で、中には手紙がいっぱい。
    糸天狗はメガネをかけなおして一つずつ頬に当てます。
    (メガネをかけるのは気分の問題です)

    「んー、四才、お花の帽子・・・次は五才、隠し武器付き強くなる手袋、まあ、
    むずかしいこと。」

    ニコニコと手紙をたしかめると、さっそく糸と編み棒を取り出しました。
    糸天狗はなんでも編みます。夕焼け空や鰯雲もくくるくくると編んでいます。そして
    糸天狗の編んだものを身につけると、誰もがみんな魔法のように元気になるのです。
    この大箱いっぱいのお手紙はなんといっても北の国のサンタクロース直々のご依頼で
    すから十二月までに間に合わせなくてはなりません。

    「この子のマフラーは何色?お洋服は何色が好きなのかしら。」

    考えながらもくくるくくると飛ぶように編み棒を動かして編み続けていると、
    時折空からも声が降ってきます。

    「サンタさん、おねがい!!」

    なにかは秘密みたい。でも糸天狗は、

    「んー、うん、大きな大きなくまさんが欲しいのね、茶色の糸は・・・大丈夫、
    たくさんあるある。」

    すべてお見通しです。

    毎日毎日編み続けて、もう少し、最後の海の色のミトンの片方を編んでいたとき、
    東から小さな声が聞こえました。

    「・・・ん・・・の・・・・・しがほしいな。」

    あら?わたしにきこえるということは、編んで作るもの。
    でもよく聞こえないねぇ。
    編みあがったミトンを箱に入れ、メガネをかけなおして、糸天狗は小さな小さな声に
    耳を傾けました。

    「・・・んぐ・・・・・ぼうし・・・・・な。」

    おやおや、誰かが帽子を欲しがっているみたい。
    でもどんな帽子で誰がかぶるのかしら
    いくらめがねを拭いてもそれ以上何も聞こえなかったので、糸天狗は肩からカバンを
    下げて出かけてみることにしました。

    どうやらこのあたり。
    舞い降りて大きな羽をたたんだ糸天狗の足元に、小さな蛇がまるまっています。

    「帽子がほしいのはあなた?」

    「あたしは帽子はいらないけれど、セーターなら欲しいなあ、これから入る穴が
    大きくて、寒くて眠れないの。」

    あらあらそれはかわいそうと、糸天狗はさっそくカバンをあけて、セーター(本当は
    腹巻かもしれませんが)をくくるくるっと編み上げました。

     

     


    「わあ、あたたかい。ありがとう。そうだ、この先に神社があるよ。そこなら帽子の
    ほしい子供がいるかもしれない。」

    小蛇はぺこりとあたまをさげると、大きなあくびをしながらしゅるしゅる穴に入って
    いきました。

     

    蛇の尻尾の指した方角に歩いていくと、
    石段が見えてきました、そして上からたくさんの小さな声がします。

     ぼうし・ぼうし・ぼうしはどこだ、
     これはだれのだ、
     あれはだれのだ、
     ぼうし・ぼうし・ぼうしがないぞ

    見れば陽だまりに巻き毛の小さな子供がひとりすわっていて、その足もとにはどんぐ
    りがいっぱい。そしてそのどんぐりたちがいっせいに歌っているのです。

    「どうしたの?」

    糸天狗は話しかけました。

     

    「どんぐりたちが自分の帽子をかぶりたいっていうの。だからひとつずつあわせてい
    るのだけど、みんな違うっていうの。」

    どんぐりの帽子はどれもとてもよく似ているので、どれがどのどんぐりの帽子なのか
    まったく見分けがつきません。
    しかもどんぐりたちはなかなかせっかちでモンクが多いのです。

    「これはちがうぞ」

    「こんなに大きいのはイヤ」

    「ぼくのはどこ?」

    「やめてー、うわーーーん」

    「うるさい、泣くな!」

     

    いつまでもおさまりそうに無い大さわぎを前に、糸天狗はカバンからメガネを取り出
    すと、どんぐりたちをちらりと見ていいました。

    「わかった、わかったわ。これはもう新しく作るのが一番。さあさ、みんな順番よ。
    並んで並んで!」

    カバンを脇に置いて、糸天狗は早速編み始めました。
    くくるくくる、小さいの大きいの中ぐらいのもの、くくるくくる、どのどんぐりにも
    ぴったりの帽子をひとつずつ。
    巻き毛の子は目を丸くして見ています。

    「わあ、早い早い」

     

    糸天狗は飛ぶように編み棒を動かし、みるみるうちにどんぐりたちはみんな
    あたたかな帽子をかぶりました。
    あらあら、いねむりを始めたのや、もう根を出している気の早いのもいますよ。
    巻き毛の子はそれをうれしそうにながめています。

    「あなたもお帽子が無いわね、この子たちと同じ色になるけれどどうかしら?」

    「え?、あ、はい!」

    おつむのサイズをちょっと拝見、はいはい、くくるくるっとできあがり。
    あら、帽子のふちから髪がくるくる、なんてかわいらしい。

    「ありがとうございます、うれしいな。お帽子ほしかったの。」

     

     



    にっこり笑ってお礼をいい、ぴょんぴょんはねているいる子の後ろ姿に目を細めて、
    糸天狗はつぶやきました。

     

    「また来年も来なきゃならなくなったわね、どんぐりたちはまた騒ぐだろうし、
    あの子も大きくなるし。
    そうだ、あの蛇もはらまき・・・いいえ、セーターが合わなくなるわね、きっと。
    そういえば、わたしの聞いた声は、いったいどのどんぐりの声だったのかしらねえ。」

    糸天狗はふふふっと笑うと、毛糸と編み棒とメガネを片付け、カバンをかけなおして、
    夕日に向かって飛び立ちました。

     




    石段のてっぺんでは、ほしかったかぶればみんな元気になる『天狗の編んだ帽子』を
    手に入れた大きなクヌギのどんぐりが、まっかな夕日の中帰っていく糸天狗を
    いつまでもいつまでも見送っていました。

     

     

     どんぐり帽子:徳子制作

       糸天狗、徳子さまは編物が大好き、何でも編んでしまいます。

       この帽子も、娘が「糸天狗さん、こんなの編んでもらえるかな・・・」と

       描いた絵のままに仕上がってやってきました。(今回私が描いた女の子の

       帽子の絵)

     

                   セーターで巡る東海道五十三次 : http://www.infotec.co.jp/hiroshige/ 

     

    2004.10.29  Photo / 文 / 絵: 坂石佳音

     

     

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